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覆水盆に返らず。還らず。帰らず。⑪
一瞬、吾妻さんは視線を彷徨わせたあと、ごろんと寝返りを打った。
「てか、今辞めても、もう噂は収まらねえよ」
「俺も会社勤めしてるとき、AV男優してるのバレてクビなったよ。退職金は、しっかり貰ったけどー」
「暇さんは、吾妻さんに説得したいんですか、邪魔したいんですか」
「何も考えてないよ。決めるのは吾妻だし。俺は個人的に依頼することにするし」
飄々とした暇さんの発言に頭を痛めていると、寝返るを打ちちょっと距離ができた吾妻さんが私を見上げる。
「俺がデートクラブで働くの、いや?」
「嫌に決まっています。汚らわしい」
本音を言うと、吾妻さんはちょっとだけ凹んでいた顔で頬を緩めた。
「じゃあ太客のあの子が、お見合い成功したら辞めようかなあ」
あの子。その言葉にすぐピンときた。ああ、その子がカギをくれたのだろう。
吾妻さんに大切なお客扱いされているのは、少しだけ気分は良くない。
私のことは、わざと激情させようとしているのに、きっとその子は大切にしてあげているのだろう。
「俺は!? 俺は続けるよね、吾妻」
「えっと、花渡は暇はいい?」
「いいだろ。昨日、お互いの硬くなった芯を舐めあった仲だし。いいよね」
「ええ。吾妻さんがいいのであらば、大丈夫ですよ」
選択肢は全て自分。
弱っている時に、そんな選択を迫られたらば吾妻さんはどんな顔をするんでしょうか。
でも本当にこの方は恵まれて生きてきたのですね。
きっと人間関係とか些細なことで悩む余裕あるほどに。
私はその日生きていくのがやっとで、先代に拾われた後は良い子で居ないといつ捨てられてもおかしくないからと、友人なんてつくる必要もないほどいい子で居たのですが。
「はあ。誤解を解くとか超だりいし」
だから、でしょうか。
ちょっとだけ意地悪してみたくなりました。
「誤解を解く必要はないのでは?」
「え?」
吾妻さんの驚いた顔がとても心地よかった。
「私が好きなのならば、貴方はゲイなのですから。別に誤解ではなく真実ですし。一生隠すのはきついでしょう。騙すよりも楽じゃないですか?」
「花渡、ちょー鬼畜。吾妻が可哀相じゃん」
暇さんだけはやはり意図が分かったのか苦い顔をしていましたが吾妻さんは眉をしかめて駄目り込んでしまいました。
「……花渡が手に入るなら、そんな噂どうでもいいか」
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