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覆水盆に返らず。還らず。帰らず。⑫

Side:土御門 吾妻 その日の朝、首輪を外した花渡は忽然と姿を消していた。 前日の夜は、俺のを舐めてくれてたのに。 ぴちゃぴちゃと音を立てて卑猥に舐めてくれて、それを暇が楽しそうに見て何故か参加しなかった。 性欲は満たされるし、征服欲も満たされたけれど、いまいち両想いみたいな、花渡の本心が手に入る様子もなく苛々してしまった。 どうやって首輪を外したのか、鍵は暇しかもっていなかったのに。 暇も不思議そうに、落ちていた首輪を持って首を傾げていた。 そして――大学も。 今朝は誰からもラインが来なかった。 いつもなら、講義室で席を取ってるよ、とか。 玄関で待ってるとか、色々と待ち合わせして数人で行動する。 外見でちやほやされてきたから、自分から声をかけたことがないので、俺から誘うのも不自然だろうしそのまま講義室へ入る。 すると、いつも一緒に行動している数人が固まって座っていたが、俺を見ると気まずそうに視線を逸らされた。 いつぞや俺の陰口を叩いていた二人がにやにやしているのが見えた。 ――超だっせえ。 大学で一人になっても別に困る要素はない。 あと数年で社会人になるはずの男どもが何を陰険なことをしてるんだっての。 誰もいない席に座ろうとすると、前の方から声をかけられた。 「おーい。吾妻、こっち座れよ」 「……は?」 俺に声をかけた男の周りには既にグループが出来あがっていたので、俺に声をかけた瞬間周りが『えっ』と明らかに焦っていたのが分かる。 「来いよ。奥村たちのだっせえ影口なんて、大学生にもなって誰も信じねえよ」 その男がそう言った瞬間、奥村たちへの視線が一気に集中した。そうか。あいつら、どっちかは奥村って名前なのか。 本当にそのたった一言で、逆転した。 「……俺がホモならお前に惚れてるかも」 「え、やっぱ? じゃあなんで俺はモテないんだろう」 散々格好いいことを言った癖に、冗談を言うと不思議そうに首を傾げた。 その姿がちょっと可愛いと思ってしまう。 「お前、だれだっけ?」 いつも周りが寄って来たから、寄って来ない連中なんて眼中になかった。 隣に遠慮なく座ると、そいつは苦笑して携帯を差し出す。 「氷田 聖(ひだ ひじり)だよ。お前服もお洒落で格好いいから喋ってみたいって思ってたんだよな。よろしく」 二カッと子どものように純粋な笑顔に、肩の力が抜ける。 俺と正反対で、人を疑うってことができなさそうな人種だ。 しかも女みたいに目が大きくて、腰なんて男らしい筋肉が付いている気配もなく、喋らなければ俺と同じぐらい容姿が目立っていたと思う。 そんな喋り方や大雑把な行動ばかりしていなけらば。 それからその日一日は、いつものメンバーから話しかけられたり、謝罪があったが全部スル―して、聖の学食について行った。 聖はコロコロ表情が変わる犬みたいに可愛かった。 「俺、ルールがあってさ。学食は一日500円って決めてるんだ。そうしたらすげえ悩むけど楽しいんだ」 「お前、ばかだよな」 「俺、おごってやるって」 聖の周りは、くっだらねえ噂や馬鹿みたいな悪口はなくて、俺がいていいのか迷うけれど、居心地が良かった。 ああ、これか。花渡がきっと感じてたの、きっとこれだ。

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