56 / 132

得て、失いて。①

「あれ、吾妻バイトは?」 5限終わりに、ぼーっとしていたら聖が後ろから服の裾を掴んできた。 ……あざといなあ。いや、こいつはホモじゃねえんだ。 いやでも、こーゆう素朴でかわいい奴が人気ありそう。 「今日は指名ないから行かない」 「指名……」 きょとんと聖が不思議そうな顔をしている。 そういえば、仲良くなって1週間。 俺、こいつに何も言ってなかった。 「俺、高級デートクラブでVIP相手にデートしてんだ。今日は指名なし」 どうでるだろうか。奥村たちの話は案外嘘ではなかったと、俺を拒絶したり非難するだろうか。 「えっと……それって」 こそこそと頬を赤めて耳に手を当て、誰にも聞かれないよう小さな声で言う。 「それって、え、えっちなバイトなのか?」 「え?」 「吾妻は綺麗なんだから、本当に大切な人としかやらねえほうが良いよ。な」 ぷっ 思わず吹きだしてしまったが、聖は耳まで赤めて怒った。 「ひ、人が心配してんのに!」 「いやあ。悪い悪い。うち、セックスとかお触り禁止だよ。心を満たす時間を提供するって感じ」 「そうなのか」 「同性を好きになるって、その時点で結構、――社会の歯車から外れてる気がして不安なんだよ」 「そうかあ。俺は親が居ないから姉ちゃんに心配かけたくないって思ってるけど、そーゆうかんじか。姉ちゃんに言えるか言えないか」 ブツブツと聖は自分で言っているが、俺のバイトの事に関しては抵抗がない様だ。 抵抗どころか、何事もなかったような、取るに足らないようなそんな様子だ。 「聖といると、癒される」 「あ? んだそれ。吾妻はミステリアスだよなあ。面白い」 屈託なく笑うけど、聖とは壁が出来ずお互いすんなり受け入れられた。 お互いどこか最初から好意があったからかもしれない。 花渡はどうだったか。 聖と簡単に友達になれたのに、どうしてアイツとかこんな回り道ばっかしてんだろ。 「吾妻、携帯さっきから震えてねえ?」 「え」 取り巻き立った奴らからの連絡がうざくて今日1日見ないようにしていたので慌てて携帯を見る。 『無事に軟禁から抜けだして土御門御殿に戻っています』 そんな報告要らないのに、律義に花渡から自分の居場所を知らせている。 居なくなって一週間じゃん。場所ぐらい分かってるけど、これってかまってほしいってサインだよな。 「行くわ。俺に会いに来いって言ってるみたいだから」 「か、か、彼女!?」 「安心しろ、お前と一緒で俺も童貞だから」 ニヒヒと笑うと聖が悔しそうに顔を真っ赤にした。 「な、なんで分かるんだよ!」 「じゃあな」 「吾妻!」 なんでって、女ッ気ないからだろう。 馬鹿だなって笑うけど、心は温かい。 昔から容姿で注目されて、ちやほやされて、自分は世界の中心みたいに思っていた部分が剥がれ落ちたようだ。 俺が同性とデートしてただのホモだの噂になった途端距離が出来るやつらは友人じゃなかったんだなて。 「そこの綺麗でエロくて、口の御奉仕が上手そうなお美人さん」 「……暇」 駅に向かおうと大学から出てすぐ真っ赤なポルシェって漫画の中でしか見たことなかったけど、実際に見たらすごい迫力だ。 「王子様の元に、お姫様をお届するナイト、兼配達人です」 「それは助かる。けど目立つね、この車」 「うん。大金入ったから買ってたの今日納車だったから」 わざわざ下りて、ドアを開けてくれた。 「二人がさ」 暇は寂しそうに、ぽろりと言った。

ともだちにシェアしよう!