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得て、失いて。②
「二人が分かり合えても、俺にも居場所ちょうだい」
「暇?」
「たまにでいい。3人で、あのホテルで海の中みたいに漂って抱きあって、眠りたいんだ。俺」
「暇は、誰か……認めてもらったり心を凌駕されたりするのが怖いの?」
言葉を選んだつもりだったけれど、暇は目を見開いて、右のミラーを見るふりをして視線を逸らす。
そして少し重たい沈黙のまま、車を発進させた。
「どうなんだろうねえ。二人が証明してくれたら俺も一歩踏み出せるのかなあ」
視線は向こうを向いたまま。
きっと本心じゃないんだろうと思えた。
高速道路を、真っ赤なポルシェが走り抜ける。
それはまるで、高速道路に垂れた赤い糸のように真っ赤に一目散に意図は向かう。
「うーん。愛ってなんだろ。超むすがしい。お金がいちばん安心するのって心がないからなんだよねえ」
俺の心の大部分を占めるのは花渡なんだけど、暇も幸せになってほしいと胸が痛むんだ。
車のモーター音や、風が車に当たる音、信号待ちで人混みがざわめく声。
空にうっすら星が見えだし、俺と暇の二人だけの空間は会話はない。
それでも、土御門御殿が見えだし、門のところに着物姿の花渡を見た時、気付いた。
花渡の、表情が全く分からない愛嬌のない――綺麗で吸いこまれそう顔。
その顔を見た瞬間、今まで聞こえて来た雑音が全部聞こえなくなって、俺は心といわず聴覚、視覚、――五感全てが奪われていく。
「ぷぷ。吾妻、何泣いてるの?」
クスクスと暇が、俺の涙に触れた。
だから暇の存在は俺の世界に入り込んだ。
「何? これが愛とか、そんな気持ちなの?」
ちょっとだけ焦った暇は、年上の癖に可愛かった。
「ん。――すげえ」
「すげえの」
「暇もいつか、思える相手に出会えたら、いいな」
暇の頬に口づけして、車を降りる。
呆然と佇む暇を、その場に置き去りにした。
その時、暇は胸を押さえ痛そうに眉をしかめて泣きだしそうだった。
くしゃくしゃに、泣きだしそうだったんだ。
「花渡!」
門の前で立つ花渡に、全力で走って向かう。
するとちょっと横を向いていた花渡が正面に向き直り、俺の方を真っ直ぐ見てくれた。
「花渡!」
もう一度呼ぶと、少し首を傾げてその言葉の続きを待ってくれた。
騙して監禁しちゃおう様な、名字の上に胡坐かいて花渡を自分から逃れないようにしちゃう俺に。
嬉しくて手を伸ばして、抱きしめてもらおうとした。
のに、花渡は俺の横をするりと避けて、暇の方へ向かう。
「え、え?」
大きく両手を広げたまま残された俺は、目だけ花渡を追った。
今、すっごく花渡といちゃいちゃっと抱きつきたかったのに、やっぱ花渡はまだまだ俺の事好きじゃないのか。
まあ、生意気なガキだし?
じいちゃんの命日忘れてるだろって信用ないし?
監禁して、身体にエロいことしたし?
でも気を持たせるようなメールして、門の前で待ってたくせに。
「暇さん、社長が探しています、一人歩きはいけません。すぐに会長のご自宅に身を寄せてください」
……俺じゃない。
門の前で待っていたのは、暇の事だったんだ。
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