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愛について。④
廊下の方で低い声がすると、緊張が走ったのか分かった。
この誘拐のボスかな? 面倒だなーっと思いつつ障子の方を見る。
「入るぞ」
「ぶっ」
入ってきた相手の恰好を見て思わず吹きだしてしまった。
今どき、AVでもこんな格好のヤクザいないわあ、みたいな典型的なヤクザっぽい格好。
白のスーツに、てろんてろん光った柄シャツ。
首なんて丸太みたいに太くて大きいし、首にヤクザだっていわんばかりの大きな傷痕もある。
親父よりちょっと若いぐらいの、育ちも頭も悪そうなおじさんだった。
「親父かもしれない相手を見て何笑ってんだ」
「……あはは。俺、桃から生まれたから父親いないんだよね。おじさん、頭悪いの?」
馬鹿にしたように笑うが、すぐに切れて威嚇するような下っ端ではないようだ。
そのまま座布団の上に座って胡坐をかくと、部屋の隅っこに座っていた俺を見る。
「なんで拉致られたか知りたいか?」
「――集団暴行。AVみたいなやつ」
「男なんか抱いて何が面白いんだ」
「女なら面白いんだろうね。暇つぶしにさ。だから俺の名前暇(いとま)なんだよね。頭悪いあんたらには分からねえだろうけど」
殴ってくるのかな。
それとも殺そうとしてくるのかな。
本当に襲われたりして。
色々と浮かんでくるのだけど、俺の可愛らしいプライドがこいつらには絶対に怯えた姿をみせたくないと言っている。
絶対にこんなやつらに服従するかと。
「お前、母親に似てるな」
「……で、何が目的で拉致ったの」
襲った女の顔を覚えているんだ、と言いかけたけどあまり相手を刺激するのも億劫なので適当に切りあげる。
「佐渡組の後見争いだよ。俺はお前を次期当主にして地位を築こうとしとる。まあ、仲良くしようじゃねえか」
「しねえよ。俺は田舎の寂れていくヤクザなんて知らねえよ。巻き込むな。人間のクズどもが」
べーっと舌を出すと、ようやく顔色を変えた。
「ある組との権力争いで金がなかったアンタらは、俺のハハオヤをAVに売ったんだよなあ。で、その後対立した時に金稼ぐ要員として、人質にも使えるし拉致。……商品孕ませたのはあんた達が馬鹿だったからだけど」
それぐらいの出来事ぐらい、父さんはとっくに調べ上げている。
それでいて、父さんと争って、田舎のヤクザ達が敵うわけないのも知っている。
ハハオヤを救うために、父さんは犯罪スレスレ、そして殺人スレスレで佐渡組と戦ったことも知っているから。
――例えば、こいつの首の傷跡。父さんに殺されかけた傷痕だ。
ただ俺と父さんは血が繋がってないから、きっとハハオヤのときみたいなことはしないんだろうな。助けには来ない。
俺、男だし。孕まされないし。受けのAVの依頼来ねえような男だし。
「あー、俺、金稼ぐために拉致られたってわけか。ふーん」
グイっと髪の毛を強く引っ張られて、痛みで片目をつぶる。
すると男は今にも俺を殺しそうな目で見下ろしていた。
「お前は道具だ。道具が喋らないでいい」
「……佐渡組幹部、下曾根 傾(しもそね なだれ)。あんたも変な名前だね」
とっくに名前も顔も把握していたとは知らず、俺の言葉に舌うちすると髪を掴んだ手を離した。
「明日、佐渡のじじいに会いに行く。それまではその綺麗な顔になにもしねえでおく」
「あざーっす」
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