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愛について。⑥
「暇――!」
期待もしてない。
「暇、暇、暇――!」
誰も必要じゃないし、誰も必要とされてないし。
「暇ぁぁぁ!」
誰にも自分の汚い欲望を突っ込んで愛だなんて言わない。
「暇っ」
そう思っていた俺の信念が、たった今、崩されようとしていた。
部屋になだれ込むように現れたのは、たった一人。
「返事しろよ。暇、めっちゃ探したんだからな」
「……吾妻」
「ほら、雨の時、俺のことめっちゃ助けてくれただろ。だから、俺も行かなきゃって、あ、コイツ誰?」
傘を持った吾妻が、それはそれは美人に笑っていたが、部屋の入口に座っていた男を見て目を据わらせた。
「俺の親かもしれないやつらの一人」
「ふうん……」
「早いね。俺が行方不明になって二日も経ってなくない? 花渡軟禁した時の方が長くない?」
「ああ、俺、すっげえ人と知り合いなんだ。報酬はお前のサインなんだけどね」
吾妻は俺との会話を続けながらも下曾根をじいっと睨んでいた。
「裁判手続き、してきたら?」
吾妻は綺麗な顔を歪めて、自分よりも威厳も性格も悪そうなおっさんを睨んでいる。
下曾根の首なんて、吾妻の細い腰より太そうで、グローブみたいな手で掴まれたら腕なんて折れてしまいそうなのに。
吾妻は全く怖がる様子もなく睨みつけている。
「俺、あんたら許さないよ。絶対許さない」
「やだ。惚れそう。ほれていい?」
急いで抱き締めて吾妻を隠しつつ、下曾根から距離を取る。
「――惚れていいよ。三人でいいよ、俺」
「へ?」
「俺と暇と花渡、三人で一緒って駄目なの? それでいいじゃん。俺らとっくに変な関係なんだからさ」
むすっとした顔で吾妻は俺を見上げた。
「暇がこのまま消えてしまうぐらいなら、変な関係でも良いから繋がっていたい」
必要ないとか、居場所は要らないとか、世間に反抗してる中学生みたいな思考のまま俺は長い時間止まっていたと思う。
「行こう。花渡がお前とヤクザとの縁切りやら財産放棄やら色々手続きしに来てる」
吾妻に手を引かれ、呆然としつつも廊下へ出ようとした。
「暇、お前は俺の息子だよ」
貝の様に黙ってた下曾根が、低い声で言った。
「この世界から逃げたお嬢さんがAVで金稼ぎさせられてるって知った時にはお嬢はもう壊れてた。だから今の旦那のとこに逃がしたのは俺だ」
「そう。じゃあ手続きしたらやっと他人になれるわけか」
「そうだといいな。お前の兄貴にもちゃんと言っとけ。巻き込まれないように」
ククっと短く笑うと、煙草を取り出し此方に背を向けて吸いだした。
おいおい。さっきは明日、爺の前に連れて行くとか言ってたじゃねえか。
嘘しか言わない。発言に責任持たない、薄っぺらいゴミめ。
「あのおっさん、暇の母親が好きだったのかな」
「さあ。嘘じゃない? 俺の母親、とっくに壊れてるから何とでも言えると思うよ」
興味ねえなあと、明後日の方向を見ながら廊下を歩くと、吾妻がぴたりと止まった。
「吾妻?」
「ずっげえびっくりしたんだからな。お前、血痕残したまま車から消えてたんだぞ!」
「血痕?」
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