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その日から始まったんだ。⑤

俺が何か言う前に花渡が首を傾げた。 「おまけでも良いって言ったのは暇さんですよね? で、今度は足りないと我儘ですか」 「ちょ、花渡」 一触即発、のような棘のある言葉の応酬なのに、二人の顔は普段通り淡々としているのと、面倒くさそうな顔だった。 「いや、いいよ。花渡大先生が正しい。それが当たり前だ」 「暇っ」 へにゃりと笑った暇が、そのまま部屋から出ていこうとする。 追いかけようとして、花渡が俺の腕を掴む。 「優しくしたら、傷つくのは暇さんですよ」 「意味が分からねえよ。二人とも、三人で良いって話したはずだったのに、結局は不満があったってこと?」 後ろ姿が小さくなっていく暇を目で追いつつも、花渡の手を振り払えずにいた。 「まあ、そうでしょうね。やはり私が愛せるのは吾妻さんだけでしょう」 「……花渡」 「吾妻さんもそうだと思っていましたけど?」 ――愛を教えてやってくれんか。 ふと、じいちゃんの言葉を思い出した。 俺がじいちゃんに花渡を頂戴って言った日。 花渡に教えるなんてできない。だって俺も知らないじゃん。 俺も知らないけど、けど。 いびつながら、俺も花渡も暇も持ってるんだよ。 二人じゃ説明できないって思ってたんだよ。 「俺は違うよ。確かに花渡が好きだけど、やっぱちょっと花渡は相手を思う感情が欠落してると思う。暇が、自分と似てると思うなら……今、花渡に拒絶されてどう思ったか考えてほしい」 上手く纏まらない考えに頭をくしゃくしゃと両手で掻きながら、ハッと気づく。 「やべ、聖。聖が来る」 ごちゃごちゃした答えに出ない話し合いよりも先に、この事を考えなければいけなかった。 「あ、社長」 花渡も窓の外を見て、小さく呟く。 下を見下ろすと、高級車が一台猛スピードでこの事務社から去っていっていた。 「吾妻さんが遅いから帰ったのかもしれませんが、隣に誰か乗せていましたね」 「それ、聖かも!」 中途半端になった花渡との会話は気まずかったけれど、俺はその車を社長と合流して追いかけることになった。 「花渡は?」 「私が探すべきでしょうから、暇さんのところへ」 俺と花渡と暇の関係は、自分たちが満たされればいいと思っていたけれど、段々と、……段々と聖と暇の兄貴が心を寄り添い始めた時点で狂いだしていった。

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