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失ってから気付くというけれど
「はぁ…」
俺は意識をシャキッとする為のブラックをぐいっと煽り、再びパソコンに向き合う。
しんどい。結構しんどい。仕事が終わらん。
徐々には減ってるし俺のは余裕を持って終わりそうだったのに、上司や役職者の仕事がなぜかじゃんじゃん回ってくる。
『頼む!これも追加でお願いできない?』と外回りから帰ってきた部長に泣きつかれた時に外用の笑顔で『かしこまりました。いつもお疲れ様です』と答えた数十分前の自分を呪いつつ、パソコンのキーボードをいつもの2倍速で叩く。
お前の仕事だろ!お前がやれよ!
これ2年目にやらせる内容か!?給料上げろ!
と心の中で声を大にして叫ぶ。
(昇格はしたくないけど金は欲しい。その金で推しを引く。大丈夫。出るまで引いたら実質無料)
忙しさで更におかしくなった俺はもう1つの悩み事で頭が痛くなる。
司からのアプローチが酷くなった。
ちなみに今日で勝負開始からやっと2週間が過ぎた。
司は変わらず毎日の様に部屋に遊びに来るし、毎日何やかんやちゃんと家に帰ってたのに図々しくも泊まってくるようになった。
最初の何日かは残業したりして避けていた俺も、ゲームへの禁断症状が出てしまい結局仕事を除けばほとんどの時間は部屋にいる。
やる事は変わらず今まで通り一緒にゲームをしたり一緒にご飯食べたりするだけだけど、太腿がピタリと触れ合うぐらい距離が近かったり、泊まった翌日は普段あまりちゃんと食べない俺に朝からテンション上がるようにと好物多めの朝食を作ってくれたり。
『おはよ、コウさん。寝癖ついてる』と寝癖を直され髪までセットされ、挙げ句の果てにはネクタイまで結ばれると至れり尽くせりな対応をされる。
しまいには『コウさん、カッコイイから何でも似合いますね』と楽しそうにコーディネートをする姿に『お前は俺の嫁か』とツッコミたくなった。
それをされるがままに受け入れてしまってる俺も俺だけど。
『コウさん。超眠そう』
『眠い。行きたくない。誰か代わりに行って仕事してほしい』
『それは無理だろ。でもオレが社会人なったらコウさんを余裕で養えるぐらいの経済力身につける予定だから。オレは学校だけど一緒に頑張ろ?』などと隙を見つけては口説いてくる。
(これ、最後のは俺がヒモになるのでは?)
司はことある事に『好き』『付き合って』と求愛攻撃をしてくる。…かと思えば、何も言わず一日の最後の最後に『いつ言われるか意識した?ずっとそわそわしててスゲー可愛かった。言って欲しいならいくらでも好きって言うのに』と耳元で囁いてきたりもした。
(経験値無さすぎて回避不可なんだけど!?
対処が追いつかないんだけど!?)
顔も良くて色々尽くしてくれて、四六時中優しくて、砂糖菓子以上に甘やかしてくれるスパダリの笑顔や熱い目線に慣れない俺は内心オロオロする。
そりゃあ好いてくれてるのは嬉しい。
ありがとう。でも違う!そうじゃない!
スパダリを発揮する相手を完全に間違えてる!!
今朝も『スーツだと身体のライン綺麗に見えますよね。カッコいいし、腰つきが細くてエロい』と穴が開くんじゃないかというぐらいガン見されて困惑が止まらなかった。
俺 そんな要素ないんだけど。といつもなら返していたが司の熱っぽい視線から逸らす事しか出来なかった。
(…え、待って、朝からあんな言われたのに帰ってからもまた言われんの?俺、耐えられる?)
「あの、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
考え事をしていると、さっきの部長がまた戻ってきた。
え、何?仕事の追加?俺 もう無理なんだけど。
その他諸々でキャパオーバーなんだけど。
その片手に持ってる書類の束は何?
「今年の忘年会も参加出来るよね?」
「………」
これ以上仕事を増やされるのを恐れ、更に新米の部類に入る俺は嫌々でも笑顔で頷く事しか出来なかった。こういう時だけ役職者になりたいと思う。
さよなら、俺の平穏。
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「はぁ…」
日付けが変わりかける中。
深い溜息をつきながらコンビニ飯とコーラ。あと大量のエナジードリンクが入ったビニール袋片手に俺は帰路につく。
数時間前、仕事中に司から『今日、行ってもいい?』に対して『今日も仕事が徹夜コース。弊社爆発しろ』とだけ返したスマホはあれから反応がなく、大人しい。
(疲れた、もう今日はログボだけもらって寝よ)
俺は携帯を手に取りゲームを開こうとすると、前から賑やかに騒いでいる集団がいた。
うわぁ、怖っ。パリピじゃん。
と避けようとして顔を上げた時…
「っ、コウさん!」
よく知る顔がその中に見えた。そして、そいつの腕には楽しそうに自分の腕を絡める小柄で可愛い女の子の姿があるのも見えた。
親しげな二人の姿はとてもお似合いで、周りからもひやかしの声が飛び交っていた。
一瞬 時が止まったみたいに周りの音が聞こえなくなった気がしたが、すぐに顔に笑みを貼り付ける。
「お疲れ様。今日飲み会だったんだね」
「コウさんは、仕事お疲れ様です…」
えー!お前、この人と知り合い?どういう関係?と周りから沢山質問が投げられる。
「じゃあ俺、今日はもう休むから。お前は程々にね」
俺はニッコリと笑みを浮かべて、周りに捕まらない様にそのまま立ち去る。
背後から呼び止める声が聞こえたけど、足を止めることなく真っ直ぐ自分の城へ向かう。
(なんだよ。お前、俺の事 好きってあんなに言ってたじゃん。なのに何女の子に密着されて嬉しそうにしてんの)
と思っている自分に気付き、あれ?と首を傾げる。
(俺、なんでちょっとイラついてんの?)
俺にも俺の世界があるように、司には司の世界や交友がある。
今日も俺が無理だから予定を入れたんだろう。
忙しいアイツは例え数十分であったとしても、俺に会うために時間をわざわざ作ってその時間でゲームやらに付き合ってくれてるのを知ってる。
司は前に『オレの時間をオレがどう使ってもいいだろ。オレはコウさんといる時が癒されるし一番好きなの』と笑って言ってくれたけど…。
(中途半端な状態にして、縛ってる場合じゃないんだよな…)
少しでも早く解放しないと。
だって俺と一緒でも未来なんてないんだから。
俺はすっかり白くなった息を吐いて、空を見上げた。
厚い雲で覆われた空は辺りを更に暗く染めていて、熱くなった目元が冷たい空気をより一層冷たく感じた。
そして俺の代わりに空から小さい白が降ってきて、触れたそれは落ち着かせるように俺の熱を冷やしてくれた。
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