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自覚がないというけれど

「あはは!つかさだ〜!」 「…コウさん、マジかよ」 「ふふっ、本当にきたぁ〜」 マンションのロビーで力尽きてへにゃへにゃに笑う俺に司は引きつった顔を向ける。 原因は溜まりに溜まった仕事の疲れと忘年会。 だけど今日でそれらともおさらば。 なぜなら明日から年末年始の冬休み!万歳っ! これからゲーム三昧だ!積みゲー消費しなきゃ! にしても司、俺がメッセ送ってすぐ対応してくれるとか。お前、レスポンス早いな。 もしかしてスマホずっと見てた? そう思うと少し申し訳なくなって、司の頬に手を添える。が、俺の手の方が冷たかった。 「冷たっ!どんだけ外にいたんすか?!」 「ふふん、くらえ!マッタンヒエショー!」 「ドヤ顔すんな、可愛いかよ…ってなんかタバコ臭くね?そんなに飲んだの?」 「んー、ボーネン会」 「お疲れ様です。…仕事だからしょうがないけどあんまり外で飲まないで欲しいです」 「なんで?」 「そんな可愛い顔他の人にも見せてると思うと不安になる」 俺はふふっと笑って、司の肩を借りて家に入る。そしていつもみたいにソファに全体重を預けて、息苦しいネクタイを解こうとする…けどなかなか解けない。 「…ん??」 「赤ちゃんかよ。オレがやるんでじっとしててください」 「はーい」 俺は手を下ろして、じっと司を見つめる。 「そうそう、いい子にしてろよ」 司は慣れた手つきでネクタイを解く。 そしてジャケットも脱がせてくれ、着替えを渡される。 ありがとうとお礼をいってもぞもぞといつものスウェットに着替える。開放感がすごい。 疲れたから風呂は明日の朝に入ろう。 「さて、ゲームゲーム」 「いやいや!ふらっふらなんだからもう寝ろよ!日付けも変わりかけてんだから!」 「えぇー、ゲームっ!なんのための花金だよぉー!ボーネン会がんばったのにぃ!」 「アンタ疲れてんだろ。明日早起きしてやれよ酔っ払い」 「やだ、よってない」 「酔ってるやつは大体そう言う。ほら、連れてってやるからベッド行こう」 ソファから動かないでいると、司は俺の膝裏と背中に腕を回して軽々と抱き上げた。 俺、お姫様抱っこされちゃったんだけど。 どんな筋肉量だよ。 「ちょ、コウさん。急にどうした?」 「つかさ、かたい…!」 「筋肉?それなりに鍛えてるからな。いきなり触ってくるから誘われてんのかと思ったわ」 あっ、司からいい匂いするがする。あったかい。 コイツ、いっつもいい匂いするんだよな。 少し甘くてスパイスが効いた色気のある匂い。 首筋に顔を寄せて、男らしいそれを深く吸い込む。 実は前に同じのをこっそり買って試してみたけど俺には似合わなかったけど、司にすごく合っていて、嗅ぎなれているからなのかどこか落ち着く。 俺は司に手を伸ばして、服をぎゅっと掴んで甘えてしまう。 司といると楽しいし、居心地いいし。 なんやかんや言ってもしょうがないなと笑ってワガママに付き合ってくれる。 俺が素でいられる甘えられる数少ない人。 でも、こいつにも彼女や大切な人が出来る。 きっと前に見たみたいな可愛い女の子とか、ああいう子がこいつの隣にはお似合いだ。 (本当に、お似合いだった) 絵になるとはまさにあんな感じだろうと思ったし、きっとそっちの方がいい。 …分かっていても、いつかそんな日が来ると思うと寂しくなる。 「コウさん、下ろしますね」 司はそっとベッドに下ろしてくれる。 そして俺の頭を以前と変わらず優しく撫でる。 「にしたも、コウさんは酔ったら甘えたになるのな。かーわい」 伝わってくるぬくもりも、優しい手の感触も、頭や頬を撫でる指も、全部、全部気持ちいい。 だからこの心地良さを今だけは手放したくなくて、子どもみたいな独占欲が湧いてしまう。 「つかさ…」 俺は溶ける意識の中、その手に頬を擦り寄せてしまう。 どうしたらこれからもずっと一緒にいてくれる? 傍にいてくれるにはどうしたらいい? もしも俺がここで答えたら、司を独り占め出来る?と考えたとこで溶けていた意識がぐっと浮上した。 「っ!」 「?コウさん、どした?」 ハッとした時には、視線を合わせるようにしゃがんで愛おしそう微笑む司がいた。 (ダメだろ。俺の一時の感情でこいつを縛ったりするのは。だってどう考えても、こいつの未来を潰してしまう) なのに、それなのに、その優しく細められたサファイアには熱が宿っていて、そこに自分だけ映っているのが見えて、全身が心臓になったみたいに心音が大きく響く。 「あ、のさ…聞きたいことあるんだけど」 「何?」 「なんで俺なの?」 絶対違う人の方がいい。他の人との方が幸せになれる。でも…でも、どこにいってほしくない。 「だって、お前 あんなに可愛い女の子とも仲良いじゃん。絶対そっちのがいいじゃん」 俺は同じように返す事なんてきっと出来ないし、方法も何も分からない。 俺じゃダメな事しか、わからない。 「干物だし裏表激しい俺なんかより絶対あの子の方がいいよ」 お前ぐらいのハイスペックなら絶対もっと相応しい人がいるだろ。 『俺の事が好き』なのは風邪と同じできっと一過性の感情だ。好奇心や、俺への同情からきているであろうそれはいつか消える。 消えたその時、捨てられた俺はどうすればいい?一度その居心地の良さに、優しさに、温かさに触れてしまったらもう二度と戻れないのに。 きっとお前なしでは生きていけないぐらい依存してしまう。 「お前にはもっといい人いるから…」 「コウさん、あの時の子は友達の彼女。明らかに両片想いだったから周りがわーわー言ってただけであれオレに言ってたんじゃねぇし。ついでに言うとコウさんが来た時に店に彼女の荷物取りに行ってたから代わりにオレが倒れないように支えてただけ。わかった?」 「え、えぇ?お前選ばれないとかあるの?」 「普通にあるわ。つーか、もしかして妬いてくれてた?めっちゃ嬉しい」 ちらりと目を向けるとすごく嬉しそうにニヤけていた。 「それとコウさん、オレ 前に言いましたよね?『オレの好きな人の事悪く言わないで』って」 「…お前もあの後disったろ」 「さーせん。でもオレ、本気ですよ?」 真っ直ぐなコイツを直視出来なくて顔を俯かせる。 「…コウさん、目ぇ逸らさないで。オレを見て」 俺の頬を両手でそっと挟んで視線を合わせてる。 視線が、手つきが、声が。 その全てがまるで宝物を扱う様に丁寧で優しい。 司から与えられる甘さがじんわりと胸いっぱいに広がって、瞳の奥に宿す熱が俺にも移ったんじゃないかというぐらい苦しくて、蕩けるぐらい熱い。 「照れてんの?かーわい」 「うっさい。お前は可愛くない」 「そりゃあコウさんのかっこいい彼氏の座を狙ってるんで」 司は俺の額にこつんと自分のを当てる。 力は全然強くないのに、魔法にかけられたように動けずに捕まる。 「…コウさんが好きです」 司の真っ直ぐな言葉にぎゅうっと心臓を握り締められる。 今まで、それこそ このゲームが始まる前から何十回も聞いたその言葉からは司の気持ちが溢れていて、惜しみなく注がれるそれに窒息するんじゃないかと錯覚をする。 「ずっと好きだった」 「…オタクだし、これからもそれは変わらないし、それに男なんだけど」 「コウさん自身が悪いと思ってるとこも全部引っ括めて好きです。男とか女とかじゃなくて、オレはコウさんがいい」 俺のささやかな抵抗も無駄で、司は俺にトドメを指す。 「もっとコウさんの特別になりたい」 …もう、お前本当になんなの。 なんでそんなに想ってくれてるわけ? なんでか分からないけど俺なんかに捕まっちゃって、そんな風になっちゃって。 色んな、山ほどある選択肢の中からわざわざハードモードを選んでくるし。 (近くにいたのに、こんなに想ってくれてるなんて知らなかった) 「好きです。」 もう一度告げられた恋心に、見つめてくる深いブルーサファイヤに、その熱に俺は小さく息が漏れる。 「…ぁっ」 全身の血液が沸騰したかのように身体が熱い。 耳元で鳴っているんじゃないかというくらい心音がさっきより煩くて、喜びにも近い高揚感に身体が小さく震える。 さっきまで感じていた怖さも寂しさも、司から与えてくれるもので消える。 そこで俺は、ようやく理解する。 (俺も司の事、好きになってたんだ…) 「コウさん、ルール違反かもだけどごめん。我慢出来ない。もっと触れたい。キスしたい。コウさんを感じたい」 「えっ」 スっと少し離れて隙間を作ると司は優しく俺の頬を撫でる。 近くで見ると睫毛が意外に長いのも、さっきまでの優しい煮詰めた砂糖菓子の様な甘い笑みは姿を潜めて、余裕がなさそうに困ったような表情も、初めて知ったし初めて見た。 何でも器用にこなすお前が俺相手でこんなになるのか。とどこか冷静な部分がそんな事を思う。 「コウさん、ごめん。嫌なら突き飛ばして。最後にするから」 司はゆっくりと恐る恐る距離を縮める。 …え、このままだとキスされる? い、いや、待っ、待って! 無理!心臓が爆発する!耐えられな…… 「…え、コウさん?ちょっ、しっかり!コウさん?!」 …非常に情けないが恋愛初心者の俺はあまりの刺激に耐えきれず逆上せてしまい、そこで意識を強制シャットダウンしてしまったのだった。

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