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第6話 色気は皆無

「いらっしゃい」 「お、お邪魔、します」  八時にと約束をしていた。そしてその八時ちょうどに少し息の上がった純朴先生が玄関先にいた。 「適当にその辺座ってて」 「あ、はい……」 「……ねぇ、林原先生、風呂入ってきた?」 「え? ぁ、はい」  部屋に招いた瞬間、知らないシャンプーのいい香りがしたから。  だから、八時、だったのか。時間を指定してくるから何かと思ったんだ。 「わっ! あ、あのっ、何か」  頭に触ると少し濡れている気がした。六時過ぎ、いや、七時近くに学校を出て、それぞれのうちに帰ってからじゃあ、髪をちゃんと乾かす時間はあまりないかもしれないけど。 「ちょっとさ、真冬なんだから、湯上りで外歩かないように」 「でも、今日、雪かきしたので。汗臭いと申し訳ないじゃないですか」 「いや……」  自分のシャンプーしたてのふわふわな髪を手で撫でて、大丈夫だとか鼻先が真っ赤なくせに言っている。互いのうちの距離はそう離れてない。歩いて十分二十分程度だろうけど、真冬の夜でしかも、雪が残ってるんだ。寒さはハンパじゃないだろ。  部屋の暖房を強めてから、俺はキッチンへ。独身者用のそう広くもない部屋の真ん中、一昨日よりは色々落ち着いている純朴先生が、ぽつんと、借りてきた猫のごとく正座した。  一昨日はガタガタ震えながら風呂入って、乳首マッサージして、嬉しそうにしてたけど大家さんから早く来いと連絡もらって慌しく帰ったっけ。  慌しい人だな。なんかもっと、ぽーっとした印象だったけど。 「ほら、これ飲んで温まって」 「え?」 「ココア。粉末のだけど。林原先生、コーヒー苦手そうだったから」 「……ぁ、ありがとうございます」  学校からうちへの途中にあるコンビニで買っておいてよかった。俺は甘いのは苦手で飲まないけど、この人は甘いの好きそうだから。 「大須賀先生?」 「いや、なんか、わからないものだなって思って」 「?」  この前と同じように、両手で握ったマグを一生懸命に冷ます姿を眺めてた。不思議そうな顔をして、林原先生がこっちを見つめる。  鼻先を赤くしてうちへとやって来たこの人はどこかあどけないのに、乳首マッサージをしてもらうため、だなんてさ。 「面白い人だなって思っただけ」 「…………え! 僕のことですかっ?」 「他にいないでしょ。ね、食べられないものある?」  なんかピーマンとか人参とか、セロリも苦手そうな感じ。子どもみたいな味覚かなって。 「あ! 僕、なんでも食べます!」 「おーえらいえらい」  俺の思っていた「純朴林原先生」のイメージから、少しずつ、ちょっとだけ、ズレていく、リアルなこの人の、そのズレがなんか面白くて、楽しいと思った。 「じゃあ、適当に作りますね」 「は、はい!」 「チャーハンとかですけど」 「大歓迎です!」  小柄で華奢で、ほわほわしてる感じだった。 「あ! チャーハンなら、餃子! 必須ですよね! 僕、通りにあるコンビニ行ってきます」 「あ、マジで? ありがとうございます。あー! 待って! マフラーとかして!」 「ほへ?」  ほへ? じゃなくて。たった今さっき言ったじゃん。湯冷めするでしょうが。まったく。そうぶつくさ言いながら首にグルグルとマフラーを巻きつけると、きっとまた帰ってきたら赤くなるだろう鼻先だけをそのマフラーから出して笑っていた。  笑って、元気に「いってきます!」って出て行って。  それから十分くらいだっけ。戻ってきたんだ。別にオートロックとかじゃないから、ピンポンなしでそのまま上がってって言って、ちょうど米を炒めてるとこの人が元気に帰ってきてさ。 「餃子! 買ってきました!」  そういって、ビニール袋いっぱいに買ってきた餃子を笑顔で俺の目の前にかざす。なんていうか、この人はただほわほわしてるだけ人じゃなくて、こんなふうに、ねぇ誰がそんなに食べるの? 食べきれる? ってくらいの餃子を買ってきちゃう人。それで、その餃子を笑顔で食べきる、なんか面白い感じに最初のほわほわ先生からのズレ方が心地良い人だと思った。 「僕のうちは晩御飯が餃子だったら、餃子しか出ないうちなんですよ」  焼き餃子に揚げ餃子、あと茹で餃子、それからスープには水餃子。  それ、茹で餃子と水餃子が被ってない? と思いつつ、テーブルの角を挟んだ席に座って、レモンチューハイのロング缶で少しだけ呂律が怪しいこの人の餃子話を聞いていた。 「美味しいですよね。餃子。僕、餃子、の中身が毎回多すぎちゃって。嘘でしょー。こんな分量で足りるわけがない! って思っちゃうんですよ。それで、なんか目分量でやると多すぎちゃって」  真面目な人だから分量どおりにやりそうなのに、そこは急に漢気溢れる豪快な感じだったり。 「でも、餃子大好きです!」  そんな力んで言わなくても良いけど、そんなふうに力んで言うのが面白くて。 「大須賀先生も、餃子……」  見てて飽きない。 「ね、林原先生、そろそろ、マッサージしないとですよね。明日も学校だし」 「あ! ホントだ!」  時計を見て、もう十時近いことに驚いてから、服をおもむろに捲り上げた。 「っぷ」 「ちょ! なんで笑うんですか!」 「いや、だってまた絆創膏貼り付けてるから」 「だって痛いんです!」 「はいはい。剥がすよ?」 「ぁ、お願いします」  色気皆無で始まって。 「ローション塗るよ」 「はい。宜しくお願いします。ぁ、これってボディクリームでも大丈夫ですか?」 「たぶんね」  ふむふむって、頷きながら、俺の持っていた潤滑用のローションを垂らすところをじっと観察してる。 「じゃあ、やっぱり乳首が出てきてくれないのは、僕にマッサージがっ、ぁっ……ンンっ」  色気皆無だったのに、触れた瞬間、無自覚でこの純朴先生の唇からは、あっまい嬌声が零れる。 「見、て……覚え、なくちゃ」  自分で捲った服の裾をぎゅっと握る手が、俺の指先の動きに合わせて、力を込めた。 「ぁっ」  きゅっとピンクの乳首を摘むと、ビクンと跳ねて、背中を反らして。 「ンンンっ」  まだ口を窄めているそこを爪先でカリカリ引っ掻くと、唇をきゅっと噛み締めた。 「んっ、ン……っ」 「林原先生?」 「餃子失敗でした」 「?」 「ニンニク、臭くないですか?」  至近距離。甘い口付けができそうな距離。けど、陥没乳首を治すためのマッサージだから、見て、覚えないと、だよね。 「全然。だって、俺も餃子、食べたでしょ? 一緒じゃん」 「そっか、ぁ、あぁぁぁっ」  声、いいよ、出して。 「あっ! あぁっン」  あまり激しくしちゃうと、ちゃんと覚えなくちゃいけないマッサージの仕方が見えないかもだけど。 「あ、出ちゃうっ、声っ」  でも、かまわず、少し乳首を強く摘んだ。

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