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第7話 二人は仲良し

「林原せんせー、すみません。市の商工会のほうからチラシが届いてるんで、確認してもらってもいいですかー」 「あ、はっ、はい!」  いつも何かをしていて忙しそうな林原先生があたふたと返事をして、あたふたと手をばたつかせている。 「林原先生、俺がとって来ますよ」 「え? あ、でも」 「いいから。それ、急いでるんでしょ?」  持ってきてくれた五年の学年主任の先生から受け取ると、その紙の束を持って、自分のデスクに。中身を確認して、あとは学年ごとに枚数を分けてクリアファイルへ入れて、それぞれの学年主任のデスクに。学年ごとでデスクが島になっているから、そこに置いておけば、あとはそれぞれの学年主任が配ってくれる。  俺がやると十分くらい。林原先生がやると、たぶん、もう少し、いや、大分時間がかかるかもしれない。 「なんか、最近、お二人、仲がいいっすね」  元気ハツラツ、一年三組の担任、大野さんがパソコンの液晶越しに話しかけてきた。。 「そうですか? 同じ新任同士だからかな」  あくまで、しれっと。  えぇ、そうなんですよ。実は先生に脅されて、陥没乳首マッサージを強要されてるんです。あ、されるほうじゃなくて、俺がしてるんですよ。林原先生の陥没乳首を、って、言えるわけがないから。  それなのに――。 「はい! 最近、仲良くさせていただいております」  ねぇ、普通そこでさ、あたふたして、しどろもどろで下手くそな誤魔化し方をする、とかならわかるけど、なんで元気ハツラツ大野先生に応えるように、元気ハツラツで返事をするかな。  しかも仲良しって言っちゃってるし。  っていうか、普通は脅してる側と脅されてる側、仲良しになんてならないからね。 「大須賀先生! ありがとうございます!」 「いえいえ」  けど、この人に「普通」を願ったところで叶わないのも最近わかってきた。 「もう中身確認して、学年ごとの人数枚に分けてクリアファイルに入れました。あとは、配ってもらっていいですか?」 「え! は、はやっ」 「だって、この前手伝った時に、学年ごとの必要枚数メモっておきましたから。ほら」  机の端。大きいポストイットに、汚い字だけど、ざざっと、一年から六年までの生徒数をメモっておいたんだ。後はその通りに分けておくだけ。 「それでも僕より早いです」 「そうですか? はい。これ。それで? あとは?」 「あ、えっと……」  デスクを立ち上がり、この人が抱えている仕事を好き勝手に半分わけてもらった。 「あとは、合唱コンクールのしおりの」 「やりましたよ」 「え! あと、学童のほうから来てた今月の予定を」 「確認してあります。あ、あと冊子も作ってある」 「え! あ、あと、あとは……って、全部やってくださったじゃないですか!」  肩を竦めて、仕事を任せてばかりになってしまったと申し訳なさそうにする林原先生に笑って、別にたいしたことはしていないと言って席を立ち、トイレへと向かった。  別に嫌々やっているわけじゃない。  なんとなく手が空いたら、手伝っている、そのくらいのもの。  なんとなく、彼は面白いから目がいくだけ。  見てると和むんだ。なんか、一緒にいると、気持ちが柔らかくなるっていうか。 「あ、大須賀先生!」 「……」 「はい。これ」  手の中にぽとりと落っこちたのは飴玉だ。 「……」  蜂蜜入りののど飴。 「え、えっと! もう生徒はいないし! 飴舐めても大丈夫かなって。それに、色々手伝っていただけたのでっ、その」 「報酬は飴玉一つ?」 「えっ! えっと、そしたら、そしたらっ」  それをじっと見つめる俺に、林原先生がわたわたと他の良さそうな報酬はないかと視線を泳がせた。 「冗談です。報酬なんていらないから気にしないで」 「……」 「飴玉で充分です」  口の中に入れると甘酸っぱくて、冬休み明け、少しなまった身体でのフルタイム授業が堪える夕方には、やたらと美味く感じられた。  ――なんか、最近、お二人、仲がいいっすね。  そうですか? 「あ、あ、あっ、大須賀先生っ」  そうかもね。 「あっ、ン」  今日は餃子は食べてないし、酒も飲んでないから、声を素直にあげている。 「大須賀先生っ」  場所は、この人の自宅ですることになった。二、三日に一度、仕事終わりにこの人の部屋でこうして乳首をマッサージしてる。  場所を俺の部屋からこの人の部屋へと変更した。  汗臭いのは申し訳ないと言い張るから。風呂上り、どっか抜けてる純朴先生がそのうち風邪を引きそうだから、俺がこっちへ出向くことにした。  湯上りで、柚子って言ってたっけ? ほわほわの猫っ毛はヘアーオイルをつけないと収まりがつかなくなるからシャワー後につけてるって。その爽やかな柚子の香りが乳首を摘むと跳ねる身体からふわりふわりと漂っている。 「んんんっ」  ほら、また。抓った拍子に柚子が香る。 「ん、ンっ、ひゃぁンっ」  爪先を埋もれた乳首のくぼみに差し込んで、少し意地悪をした。ぐりぐりと押してあげるとまた強く柚子の香り。 「ぁっ……乳首、ぬるぬるする。大須賀、せんせ、の、指っ」 「そう、だね」  一人じゃ上手に出せないっていうから、自分でマッサージするこの人の指に俺が手を添える。この人の指を俺が使って、この人の乳首を摘んで、揉んで。 「ぁ、ぁ、大須賀先生の、指っ」 「ちゃんと覚えてね」 「ン、んっ」  ねぇ、これさ。 「あっ」  とてつもなくやらしいと思うんだけど。 「大須賀先生っ」  普段は気がつかなかった。たぶん、時間が経つと消えるんだろう。湯上りの今だけしかわからない香り。しなだれかかるこの人の髪に鼻先を埋め、目を閉じながら、やらしい声を聞いて、爽やかな柚子の香りを感じてた。

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