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第25話 特別可愛い人
あの人の面白さって、どこから来るんだろうか。
「もしも違和感等ございましたら、おっしゃってください」
「は、はいぃ」
待っていた間も、眼鏡の度の調節用の特殊な眼鏡をかけた人が奥から少しだけ顔を出すことはあったんだけど。
「お、お客様っ、ここからぐるりと周りを見ていただけたら大丈夫ですので」
「へ? ぁ、そうなんですか?」
ぐるりと自分が店内を回る人は初めてだと思うよ。ほら、だから店員も慌てて引き止めてる。そこで恥ずかしがるとかなら一般的に可愛い人、だけど。この人の場合はそこが特殊っていうか。
「あ、あの、どこも違和感なかったです。奥までしっかり見えましたっ」
どこまでいっても真面目なところが、可愛いんだ。度を調節する少し面白くも思える仮初の眼鏡をかけて、きりりとした表情で、っていっても、目元はその面白眼鏡のおかげで見えないのだけれど。真面目にしっかりと視界のクリアさを説明している。
選んだ眼鏡はオレンジがかったブラウンカラーの明るいフレーム。この人のふわふわ猫っ毛によく似合うと思った俺のチョイス。普段かけていた黒のも、なんか可愛かったけどね。
そのブラウンカラーの眼鏡フレームをかけたら、薄くピンク色をしてる頬にもよく似合ってたから。
そして今はフレーム選びが終わって、レンズの度数チェックの真っ最中だった。まん丸で牛乳瓶の底みたいに瞳がちっともわからなくなる分厚いガラスを何枚も重ねて、微細な度数の微調整をしているんだろう。脱着しやすいようにと指で摘む場所がレンズフレームから飛び出てて、なんとも賑やかな眼鏡になっていた。
「それではこちらでレンズを加工いたしますね」
「宜しくお願いしますっ」
ちょっと鼻眼鏡にも似た面白さが醸し出されるんだけど。そこじゃなく、なんだかこの人が可愛くて、可笑しくて、つい口元が緩んでしまう。
奥の部屋へ引っ込んで、また出てきた時にはもうその面白眼鏡姿じゃなくなっていた。裸眼だと視界がぼやけてわかりにくいんだろう。声をかけると小動物のようにこちらへにこやかに歩いて来た。
「レンズ加工一時間かからないと思いますって」
「そっか。よかったじゃん」
「……はい」
眼鏡屋の横にカウンターが備わっていた。自動販売機が合って、飲み物がそこで買えるらしい。
「何か飲む? 裸眼だと面倒でしょ?」
「あ、えっと……」
「コーヒー、紅茶、お茶類、ジュースもあるみたいだ」
「そしたら、お茶を」
慶登をカウンターに座らせ、飲み物を二人分、お茶と俺はコーヒーを買ったら、慶登がじっとこっちを見つめてた。
「慶登?」
「保さんって、佇まいがカッコいいですよね」
「俺?」
大きく頷いて、手元に来たお茶を見つめてる。
「さっき、学校で待ち合わせた時もそう思ったんです。見惚れてて、そしたらバケツに気が付かなくて」
「……」
「今もカッコよかったのに、眼鏡してないからぼんやりで勿体ないなぁって」
「……普通だよ。別に」
ただ待ってただけ。ただ自動販売機でお茶を買ってただけ。でも、そしたら、にやけたところは見えてないらしい。よかった。あれだけ子ども達に言われたんだ。相当なデレ顔だったと思う。
「なんだか惜しいことをしました」
「……そんなたいそうなものじゃないって」
「たいそうなものなんです」
むしろ、見られてなくてホッとした。
「? 保さん?」
「髪に……ゴミがついてた」
相当なデレ顔だったから。
この人に、今現在もデレデレだ。つい、髪にゴミがついてると嘘をついてまでそのふわふわ猫っ毛に触れたいと思うくらいに、相当なデレ顔だったんだから。
お泊りデート、じゃないわけ?
そこは別に真面目にしなくてもいいでしょ。デートなんだから、遠足じゃないんだから、早寝早起きしなくても。
「はいはいはい! 寝ますよ! 保さん! 明日はデートなんですから!」
何、その、明日は遠足なんですからみたいな言い方。
「本当に? まだ十時前だけど?」
「はい! 本当です! そしてもう十時です!」
そう、明日はこの人がプランを立てた、慶登エスコートによる初デート。そのコースは当日までのお楽しみらしい。けれど、コースはしっかりシミュレーションしてあるからご安心くださいと頼もしい添乗員か修学旅行の引率教員のように話してた。そんなわけで今日は早く寝ないといけないんだそうだ。
「はい。寝ますよー」
イチャイチャもせずに。
「寝坊しないでくださいねー」
お色気もラブトークもなしのデート前日。
「ね、慶登」
「はい?」
しかも着替えも持参してるし。どおりで、言われみたら、たしかに職員室で見かけた鞄が少し膨れてた。そんなわけで彼シャツ萌えもなしになった。
「ズボンにインしないんだ」
「ズボンに印紙しない?」
むしろ、どういう意味ですか?
「パジャマ、ズボンの中にがっつり入れそうじゃん」
真面目だから、そういうのしっかりインにしてそうって思った。
「ぷぷぷ、そんなのしないですよ~」
意外だった。そこは普通に。
「パジャマでも洋服でも上のはズボンから出すのがナウイんですよ? ふふふふ」
普通、じゃなかった。この人にはそういうの覆されてしまうんだって、忘れてた。まさかパジャマのズボンにインしないことがそんなにカッコいいと思われるとは思いもよらず。
そんな予想外に可愛いかっこつけを見せられて、たまらず引き寄せ額にキスをした。
「明日、出かける時間ずらして、外で待ち合わせる?」
「え?」
「見てみたかったんでしょ? 俺の佇んでるとこ」
「! 見、見たいです! すっごく」
一瞬飛び上がって、そして慌てたようにまた布団に潜った。寝なければ、明日の初デートのコース案内をやる気満々なんだから。
「ほらほら、寝ますよ?」
そんなお母さんのような口調で恋人を寝かしつけるこの人のセンスってさ――。
「それでは! おやすみなさいのキス……えへへへ、おやすみなさい」
「…………え? ちょっと、ねぇ」
ふと思ったんだけどサ。
ズボンにインしないことがナウいと思うんでしょ? 慶登。ってことはさ、さっき、眼鏡屋で言っていた俺がイケメンって思うのもさ、なんか慶登観点での話しなわけでしょ? それてさ、そのズボンにインしないのをかっこいいとは思わないみたいに、俺のことも一般的に見たら、そこまでじゃないってことに――。
「…………」
ベッドに響くこの人の穏やかな寝息。っていうか、もう寝たんだ。
一瞬じゃん。しかもおやすみのキスしてから寝る、とか。この前までお付き合いしたことない歴イコール年齢だったのに。
「……ったく」
寝つき良すぎじゃない? 五秒もないじゃん。
「なんでもう寝てんの」
お休みのキスから数秒後、くーすかくーすか可愛い寝息を立てる。そしてその寝顔に、まぁいいけどって胸の中で呟いた。この人にカッコいいと思ってもらえるのなら、それで、別にいいと思った。この人の寝顔に、やっぱり俺は頬杖をつきながらニヤついていた。
寝顔も可愛いとかさ、反則でしょ。この前はこの人のほうが早起きだったから見てないんだ。こんなふうに眺められなかった。
これは……ちょっと、楽しい。
よく赤くなる鼻を突付くととても難しそうな顔をして、口をもごもご動かしたりするから、やっぱりデレ顔になって。
やっぱり、この締まりのないデレ顔はちょっとだらしなさそうで、この人に見つからなくて、良かったって思って。
「おやすみ……」
目を閉じた。
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