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第26話 純朴先生の生態観察
待ち合わせは十時、で、いいんだっけ。
まぁまぁご近所だし、そもそも朝一緒に飯食べてるし、なんだったら一緒に起きたし。
泊まったし。
「お待たせ」
この人にとってデートは駅前で待ち合わせがデフォなんだろう。なんか、それすら可愛くて、この人が好きそうな定番台詞を言ってみた。
笑っちゃっいそうになるほど満面の笑み。たぶん、今の俺の台詞は慶登が憧れていたまんまの台詞だったんだろう。
時間は十時十分前。
待ち合わせたのは駅の改札口手前、ブロンズ像が改札を通る人たちを出迎えるようにそびえたつ場所。
王道。
「いえ! ちっとも、です」
そこに、いた。
っていうか、ほぼ一緒に家出たしね。デートなのでお洒落をしてきますって自宅に一度戻るのも付き合ったし、そこから、先に待ち合わせの駅へ行きますって走ってくこの人見送ったしさ。
ベージュのダッフルコートにタータンチェックのズボンにローファー、ダークグリーンのマフラーで首をぐるぐる巻きにして、新調したばかりのオレンジブラウンのフレームが鮮やかな眼鏡に、ダッフルコートと同じ色の猫っ毛をふわっふわに揺らした二十三歳、新任教師の男性。でも、全く二十三歳には見えない。男子高校生って言っても充分通用するんだけど。っていうか、本物の男子高校生のほうが大人っぽく見えるかもしれない。かといって、中学生みたいなあどけなさとはちょっと違ってて。
もう、なんて説明をしたらいいのかわからない可愛さとあどけなさと、絶妙な色気。
「い、いえ! いえいえっ全然、あの。僕も今、来ました!」
だろうね。
そのくせ、こういうことは何もかもが初めての超初心者だから、定番デートがこれから始まるといわんばかりの定番な会話。
「走りすぎ」
「ほへ?」
さっむい中、たくさん走ったんでしょ?
「鼻先、真っ赤」
「!」
慌てて赤くなっている鼻先を手で隠した。ほら、その手だって指先が赤くなってる。
「手袋、してこなかったの?」
「あ、いえ、今日はしてると、面倒なので」
「?」
もぞもぞとダッフルコートの中から取り出したのはメモ紙。
「今日、行くところのお店を……」
つまりはデートのしおりっていうやつだ。
「なので、手袋をしていると少しめんどうでしょう?」
晴れやかに、にこやかに、今日のデートのエスコートを頑張ろうとするその姿がさ、初々しいとかを通り越した可愛さで。
「あ、あの、何か、僕、変でした?」
「あー……ごめん。違うんだ」
そんな不安そうな顔しないでよ。ちっとも変じゃないから。たださ。
「ただ、可愛いって思っただけだから」
ホントそう思っただけなんだ。
「この映画! イチオシなんだそうです!」
そういって手をかざして紹介してくれたのは、こってこての恋愛映画。キスをする直前の美男美女の横顔ポスターで、脇には『これが最後の恋になる』って書かれていた。
「面白いらしくて。大人気らしいんですよ」
「へぇ」
まぁ、デートの定番っていうと恋愛映画、かもね。
「うわ! ちょ、ちょっとここで待ってください! あの! 僕、あれ! もしかして、ヒーローマンの等身大パネル!」
「え?」
「僕、この映画、シリーズ全部見てるんです」
「へぇ」
『これが最後の恋になる』の隣には『これが最後の戦いだ』って書かれた台詞のついた、むっきむき胸筋のヒーロー等身大パネルが立てかけられていた。
それをこんなに背が違うのかぁって見上げて、目を輝かせてさ。
「写真、撮ってあげようか?」
「へっ? い、いいんですか?」
やばいよね。そこで、頬を紅潮させて大喜びするなんてさ。可愛いでしょ。もちろんって答えて手を差し出すとスマホを預け、小走りで、テテテ、ってパネルの横に陣取った。見つけることの難しいチカラコブを見せ付けるように手を大きく広げて。
ハイ、チーズのかけ声でタイミングを合わせて顔真似までするから、ついまた笑った。
「あの! ありがとうございます! やった。すっごい嬉しいです。さて、そしたら、映画を」
「ねぇ」
俺は知らない映画だった。シリーズになってるって言ってたけど、あまり見かけたことなかったかも。等身大パネルになっているそのヒーローのことも、申し訳ないけど知らない。堀の深い強そうな外国人ってだけ。今時、少し珍しいゴリゴリの肉体派なんだね。
「こっちの映画にしようよ。映画のチケット買っちゃったとかじゃないんでしょ? なら、こっちがいい」
だってこれが最後の戦いになるかもしれないんでしょ?
「ヒーローマン、ラストスタンディング」
「え、でも」
お手本のようなデートならもちろん恋愛映画だろう。どの雑誌だって、筋肉ゴリゴリのヒーローモノをオススメはしない。もっとロマンチックなものか、ちょっと怖い系の映画でスキンシップを深めたり、とか?
「慶登が好きなんでしょ?」
「え、えぇ」
「なら、そっちがいい。デートなんだから、慶登が好きなものを知りたいし」
「……」
見たいの見たほうがいいでしょ。だからさ。
「こっち、見よう」
最後の戦いになるのなら、全シリーズ見ているファンはこれ見て、応援しないと、ダメなんじゃない?
「ふっ……うう、ぅ、うっ」
決してエロ方面系の声じゃなく。
「ううううっ、ぅ、うっ、ンっ」
ホント、エロじゃなく。
「ふうううう」
二十三歳のマジ泣きが可愛くて、困った。
「よかったね」
「ばい! よがっだでず!」
「ティッシュ」
「あびがどうごじゃいまず!」
「いえいえ。どーいたしまして」
なんだろう、この可愛い生き物。すごいんだけど。
「あそこ、よかったね。途中でさ、ヒーローが友だちを助けたとこ」
「あぁぁぁっ! はい! あそこ! あの友だちっていうのが、実は第一作目で」
めちゃくちゃ熱く語るこの生き物がさ。
「へぇ、じゃあ、最初から見てみようかな」
「えぇぇぇぇっ! ほ、ホントでずが?」
「うん。説明してくれる?」
「もちろん!」
なんか、可愛くて。
「じゃ、じゃ、じゃ、今度、うちで観ましょう!」
「やっぱ、全シリーズ持ってるんだ」
「あったりまえです!」
ワクワクした。
「っていうか、腹減らない?」
「あぁぁっ! そうでした! ご飯はですね! イタリアンの……」
そこで慶登がじっとこっちを見つめた。
イタリアン、も好きだけど? 食べられないものはあんまりないんだ。俺。
「あ、あの……」
「うん?」
猫っ毛が柔らかく揺れた。
「保さん、餃子とかお好きですか? ニラ、とか」
「え? ニラ、まぁ、好きだけど」
「あ! あの! 僕、ニラレバ大好きなんです! そのニラレバイチオシのお店があるらしいんです!」
このデート用にリサーチしていた時に偶然見つけた、絶品ニラレバが好評の中華レストランがあったんだって。ここから歩いて、そう遠くないところ。
「いいよ。行こうか」
デートってさ。
「やた! 美味しいといいなぁ」
「好きなんだ? ニラレバ」
「はい! 大好きです! ご飯十杯は食べられちゃいます」
それは多すぎじゃない?
「……五杯、かもです」
いや、それでも多いでしょ。でも、この人なら本当にそのくらい食べそうで、笑ってた。
なんか、デートってこんなだったっけ?
「はぁ、お腹空きました」
デートってこんなにワクワクするもんだったっけね。
「俺も」
そう答えたら、君の猫っ毛が楽しそうに揺れていた。
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