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第27話 観覧車のてっぺんですること、とは。
コースどおりにお茶をしたら、いそいそと慶登が次の場所へと移動した。
あれしてこれして、これ食べて飲んで。少しバスツアーみたいに予定が詰まっていのが忙しいけれど、窮屈じゃない。
せわしないけれど、楽しい。
あと、観覧車なんて退屈だと、思ってた。
乗りたいなんて思ったことはなかった。
「はーい! いってらっしゃーい」
女性スタッフの元気な声と扉を閉める大きな音。
「よし! いってきまーす」
律儀に返事をした慶登が真向かいの席を陣取ると辺りをキョロキョロ見渡した。
まだだよ。まだこの辺じゃ何も景色は変わらないでしょ。
まだもうちょっと、ほら、少しずつ視線が高く高くなっていく。
そして、きっとてっぺんに到着したころには空も綺麗な夕陽色に染まってるはず。それを君と見つめていたら、ワクワクした。
デートに、こんなに気持ちになったのはいつ以来だろう。
映画観て、ランチして、ウインドウショッピングを楽しんで、お茶して、夕暮れ時の観覧車でしっとりと落ち着いた雰囲気に身を委ねる、っていう王道デート。
「ほわー! すごいですよ! 夕陽が!」
慶登とだからこそ、なのか。
ゴリゴリの筋肉隆々ヒーロー映画を観て、ニラレバ食べて、あぁ、あのニラレバすごい美味かった。あと、一緒に食べたホルモン焼きはビールが欲しくなった。そう話したら、じゃあ今度は夜に来ましょうって純粋に笑っていて、頷くと、急に真っ赤になって俯いてしまった。
次のデートに頬を染める君。ウインドウショッピングして、お茶して、夕暮れ時の観覧車の中で。
「すごいすごい! 保さん! 空の色がすごい綺麗です。あ! あれ、一等星かな」
「んー?」
高校生でも充分通用するくらいあどけない。ベージュのダッフルコートにタータンチェックが似合うのなんて十代くらいでしょ。二十三歳でそんなに似合っちゃったらさ、ダメじゃない?
もうなんか反則な気がしない?
「どこ?」
「あそこですっ」
目を輝かせて空を指差す。満面の笑みで、きゅっとシートにしがみつく指先まであどけなく思えた。めちゃくちゃはしゃぐこの人を観察してるっていうデートにさ、ワクワクする。
「あぁ、あれは金星」
「おぉ! そうなんですか?」
月の下にキラキラ光る星が一つくっついて、ぶら下がっていた。
きっとたくさん調べたんだろうって思う、プラン大充実のデートコース。時間をちらちら気にしながら、観覧車に乗るタイミングを計っている様子が可愛くて、ただただエスコートされてた。とにかく一生懸命なんだ。デートも、いつもの仕事も、何もかも。
「……たくさん調べたんです」
「……」
「僕、お付き合いする人との初デート、いつかしたいって思ってたから。その映画も、観覧車もランチだって、いつかいつかって。雑誌で調べて。あっ! ここもデートのラストにぴったりって紹介されてたんです。この時間に乗ると夕焼けが絶景だって。これで、二人の雰囲気はグンとムーディーにって。でも、なんか保さんはすごいナチュラルで。やっぱりすごいです」
「俺?」
コクンと頷いた。
「好きなもの、知りたいって言ってもらえたの、嬉しかったです」
「……」
「あ、あのっ」
見惚れてた。
「えっと、ぁ、の……あっ、き、綺麗ですね」
空も空気もそしてこの人も、全部まるごと夕陽色で。
元々あまり地の色が黒じゃない猫っ毛だから、夕陽が当たるとオレンジ色みたいに見える。白い肌も夕陽色で。日が落ちていくのを眺める横顔はとても真っ直ぐだった。
「デート、で、観覧車」
「は、はい」
「じゃあ、こういうの雑誌に書いてなかった? 観覧車の一番高いところはキスをする絶好のタイミングだって……」
観覧車で二人っきり、にめちゃくちゃ緊張するこの人が。
「保さ、……」
可愛くて。
「……」
こういうシチュでキスっていう王道をしちゃったじゃん。ぎゅっと目を瞑って、肩を縮めて身構えてる。それを見つめながら、キスをした。
唇をくっつけて、数秒、かな。
「……真っ赤」
くっつけた唇を静かに離したら、潤んだ瞳がじっとこっちを見つめていた。
「……」
ゆっくりてっぺんから降りていく。鮮やかなオレンジ色だった空に青が混ざり始めていく。赤い陽の色に夜の色が滲んで広がって。
ゆっくり、でも止まることなく降りていく観覧車に。
「おかえりなさぁい」
「! はわっ、ぁ、ただいま、です」
少し残念に思った。
もう少し乗っていたいなんて思うんだって、自分に驚いた。
「こういうの、あんまりやったことないよ」
「え?」
「デート」
男同士っていうこともあるけどね。
「観覧車に乗ったのも初めて」
「!」
「なので、観覧車のてっぺんでキスしたのも初めて」
「!」
相手はいつも慣れてたから。初々しいものなんて、ほとんど残ってない大人同士の関係だったから。
「保さんの、初めて」
「うん、そう」
「やった! 嬉しいです。えへへ」
初めて、をもらえたと嬉しそうになんてしたことなかったよ。
「やったやった!」
「そんなに?」
「もちろんです! 保さんの初めてをゲットしてしまった」
そう? そんなに?
大喜びしてこっちに振り返りながら走り出そうとするから。
「慶登! 前見て!」
「うわぁぁっ!」
「……び、っくりした」
ねぇ、ちゃんと前見てってば。あのさ、自分で思っている以上に天然で、どんくさいんだからね?
「す、すみませんっ」
「転んで頭打たなくてよかった」
慌てて謝るこの人の柔らかい猫っ毛に鼻先をうずめて、ドキドキしているって顔でこっちを見上げる慶登にキスをした。
「……っ」
キスをしながら、こんなふうに衝動的に外でキスしたくてたまらなくなるのも初めてだなぁって考えていた。
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