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第35話 振り向くな!

 学校の校内でも端の端。子どもたちが探検なんてしてしまったら大変だから、子ども達が気がつかないような、隅っこの、誰も通り過ぎることもない奥の、秘密の倉庫。 「あっ……ンっ」  本当に人はほとんど来ない場所。もう先生たちは帰ったし、用務員さんには学校をグルリと見回って戸締りのチェックをしておくからと伝えたから、ここにはたぶん来ない。 「ン、あ、あっ、だめっ……乳首、いじっちゃ」  来たら、廊下に響く足音で気が付く。だから、大丈夫。 「あっ、たもっ、ン、大須賀せんせっ」 「平気だよ。二人だけだから言いなおさなくても、保で」 「ン、んんんっ」  乳首をきゅっと摘んで、カリカリと片方は爪で、もう片方は服を捲って、唇で、意地悪をした。 「あっ!」 「すごい敏感になってきてる」  背中を丸めて薄い胸にキスをしたら、内側に引っ込んでいたピンクの粒が、ちゃんと顔を出した。 「もう出たよ。慶登先生」 「あっあっ」  恥ずかしそうに慶登が腕の中で背中を丸めた。真っ赤になったうなじが丸見え。そこに軽く唇で触れると、腕の中でビクンと跳ねる。さっきまで、職員会議の間はずっと真面目にメモをとっていた学校の先生が、シャツを肌蹴させ、ニットベストを捲り上げられ、ピンクの粒をコリコリにさせた。 「ぁ、ン」  イケナイ先生。学校で乳首、勃たせて。 「はぁっ……ンっ、ぁっダメっ」  ね、ダメだよね。誰も来ないからって、学校の中でこんなことしたらダメでしょ。 「ンっ、保、さんっ」  いけないことだって、思うよ。 「気持ち、イイ……の、ダメなのに」  棚に背中を預けて、背徳的に服を乱した純朴先生の艶姿。ツンと尖った乳首に、キスで濡れた唇、真っ赤な頬、それとこういうことをしちゃいけないシチュ。全部が全部、すごいクるのに。 「下着、濡れちゃう」  本人は本当に下着の心配をしたんだろうけど。 「あっ」  下着を下へずらして、カウパーが零れてるピンクの先を見せられたら、ダメでしょ。悪戯レベルを余裕で超えてしまう。 「ンっんんっ」  棚を掴んで手で左右の行く手を阻みながら、深く濃くキスをした。ダメって呟く声も、ダメって言葉も、全部飲み干すように舌を絡めて、まさぐって。キスを止めたら、慶登が何か欲しそうに唇を開いて、俺の服を掴むから、なんかのスイッチが。 「あっン」  スイッチが、入って、そのまま。 「んんっ」  二人して沈み込むように行為に耽っていた。  小学生にとってはバレンタインってけっこう重要なイベントだよね。女子からもらえるチョコレートには特別な意味がある。とくにそういうことを意識しだす高学年の男子女子においては一番そわそわする日なのかもしれない。  けど、今時の子って、あまり男子に女子から愛の告白付きで渡すっていうイベントではないらしくて。女子にとってはとくにね。男子そっちのけで女子同士で盛り上がれるお菓子の日、みたいなさ。  うちらが子どもの頃はもっと恋愛色が強かった。好きな子からチョコをもらえるんじゃないかって期待してそわそわする奴。好きな子からもらえないと、衝撃的シーンに遭遇して知ってしまい悲しみにくれる奴。もちろん、チョコをもらえたと大はしゃぎする奴だっていた。  ちょっとどころじゃないビッグイベントの日。  男子はやっぱ、ほら、今でも多少、緊張感があるらしいけど。  あるでしょ。もしかしたらってさ、淡い期待は持つでしょ。普通は、さ。 「…………あの、これって」  さすが、超絶四角く真面目な仁科先生。 「私からです」 「あ、ありがとうございます」 「いえ。これならお菓子ではないので、学校内に持ち込んでも大丈夫ですので。たいしたものじゃないのですが、使っていただけたら嬉しいです。お返しとかはどうかお気になさらず。一年担任仲間として来年度も一緒に円滑にやっていけたらと思っているので」  笑顔なしで、ご丁寧にお辞儀をした仁科先生からいただいたバレンタインデーの記念品。チョコレートじゃなくて、記念品。  なぜなら、それは甘い甘いチョコレートじゃなくて細長い紙袋。綺麗な字で宛先が書かれたシールが貼られていて。中には赤鉛筆と鉛筆が一本ずつ。子どもにシャーペン禁止を伝えているから、教師ももちろんシャーペンは使わない。だから鉛筆はけっこうありがたいんだけど。  なんだか仁科先生らしすぎてさ。  お礼を言って、鞄に仕舞い、職員室を出た。今日は急いで帰らないと、でしょ? バレンタインだから。  もう慶登は先に仕事を終えて帰ったんだろう。机の上に仁科先生からの記念品があったのは俺と大野先生だけだったから。慶登のデスクは綺麗に整然としていたし、記念品を持ってもうすでに帰っているんだと思う。そして、まだ職員室に戻ってきていない大野先生は……。 「おーい! 大須賀せんせー!」  嘘でしょ。今二月ですけど。 「一緒にやりませんかー? サッカー!」  しません。全然、しません。 「すみませーん、もう帰るのでー!」  元気に手をブンブン振っていた。っていうか、もう日が暮れますけど。 「さよーならー!」  いや、元気だな。  あの人、この間、校庭でドッジボールしてた慶登を元気だなぁって言ってなかったっけ? もこもこに着込んでネックウオーマーをしてるけど、めちゃくちゃ走り回ってるじゃん。  大野先生は、真面目じゃない。  そういうと語弊があるけど、俺と仲間って勝手に思ってる……んだけど、こういうとこは違う。体育会系っていうかさ。俺は、そういう意味では逆側だから。  ある意味、慶登に似てる。手をブンブン振りながら元気に「さよーならー」って。  笑顔をお辞儀をして学校を後にしようと思った時だった。 「あの……林原先生」  小さかったけれど聞こえてきた女性の声。  振り向くだろ。どうしたってさ。恋人の名前を誰かが呼んだんだから。振り向いて見かけた風景に、今日がバレンタインデーだってことに、胸がざわつくと予想できてたってさ。 「これ、あの……」  振り向くだろ。 「うわ、ありがとうございます」  そう、晴れやかな顔で慶登がすんなりその紙袋を受け取ったんだから。

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