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第37話 お口に合いますか?

 ベッドの上、下手くそな寝技の練習でもしていたみたいに慶登は乱れたワイシャツの裾を捲り上げた。 「さ、最近、すぐに乳首が出てきてくれるようになったんです」  焦らすように見せ付けられたのは、絆創膏を貼り付けた乳首。   「嬉しいですけど、そしたら、今度、乳首が出て来てくれた時に、ふ、ふ、ふ」  何、急に「ふふふ」なんて笑ったりして。 「ふ、服が擦れると、あの……」  なんで、ちらりとこっちを見上げながら、真っ赤な顔ですごいこと呟くかな。頭の中が真っ白になりそうになるじゃん。 「どうしたらいいんだろうって考えて。さわさわ擦れるの、ダメ、だからっ、」  ホント、頭が真っ白になってさ。 「クリーム塗ればさわさわしなくていいかもって。それでもやっぱり、前みたいにすぐにさわさわになるので絆創膏を貼ってたんです」  さわさわさわさわ連呼する目の前の慶登のことで頭がいっぱいになる。 「でも、それじゃ! 保さんが舐めた時に不味いでしょ? だから、どうしようって。そしたら、鈴木先生がワセリンが良いと思うって教えてくれたんです」 「はい?」 「あ! 言ってないです! 舐めてもらう時に、とかは言ってないです。ただ、カサカサするんだけど、市販のクリームとか好きじゃなくてって相談したんです。はい!」  だから大丈夫ガッツポーズ、じゃなくてさ。 「そうだ! ワセリンは子どもだけじゃなくて赤ちゃんにも使えるんだそうです」  よろこばしいことに陥没乳首が出てきてくれるようになった、と思ったら、乳首が敏感すぎて服に擦れるのすら感じちゃうとかさ。クリーム塗って絆創膏っていうのも、その乳首にローションを塗ると舐められた時に不味いだろうからと困るのも。  慶登のやること成すこと全部に眩暈がする。 「っぷ、あは、あははははは」 「保さん?」 「はぁ……」  一つ、溜め息をつくと慶登が目を丸くしてた。俺はそんな慶登にキスをして、ずるりと下がってきた眼鏡が俺の鼻先に小さく可愛いチョップを繰り出してくれたことにも笑った。 「可愛すぎ」 「へ?」  俺が舐めるって、普通に考えたんだ?  「さっきはごめん」 「…………いえ」  額をくっつけると、少し拗ねた声で返事をくれる。 「今日、バレンタインだから、俺はてっきりチョコをもらったのかと」  とても嬉しそうだったっけ。鈴木先生からもらった紙袋にすごい満面の笑みだった。その笑顔に胸を掻き毟りたくなるほど焦ったけど。 「もらってないですよ! もらうわけないじゃないですか。違います。ワセリンです」  ホント、焦ったんだけど。 「た、たた保さんがいるのに、……ン」  今度は試さずにキスをした。唇を重ねて、舌を挿れて、絡ませ溶け合う、やらしくて甘いいつものキスを。  そして、唇を離すと慶登が一つ火照った吐息を喉を鳴らして飲み込む。 「チョコなんてもらいませんよ」 「……」 「僕があげるんです」  慶登はおもむろにベッドを抜けて、キッチンへと向かう。学校では甘いものの持込は禁止になってるから渡せないと、今日ここに招いてくれた。 「バレンタインなので」  真っ赤な包装紙に真っ赤なリボンがくるんくるんと踊るように跳ねていた。そのリボンを解くのは勿体ない気もするけれど、中身を見たいと目の前で慶登が目を輝かせて、早く早くって急かしてくる。 「甘いけど、お酒も好きな保さんならこれは気に入るかなって」  待ちきれずに中身のチョコが何かを教えてくれる慶登に微笑んで、赤い包装紙を開く。透明なプラスチックのケースを開けると、ほわりとほろ苦いチョコレートの匂いが鼻先をくすぐった。  ウイスキーの水割りを飲んでたから、きっと美味しいと思いますって、まさかのウイスキーボンボンを選んでくれた。 「いいんですか?」 「もちろんです。どうぞ」  ちょっとアルコールがきつめの、本格的なチョコレートだった。歯で割ると中のトロリとしたリキュールが溢れ出す。 「どうですか?」 「……美味しいですよ」  慶登はなんでも多いよね。溢れるくらい。餃子も多かった。けど、チョコレート、しかもウイスキーボンボンばかりをこんなにたくさんって。 「ね、慶登、チョコ、欲しいんですが」 「?」  見苦しいついでに自分からもらいにいってみようと思った。慶登から欲しいとお願いをしてみようと。 「もらうことはできますか?」 「……ぁ」  意図がわかった慶登が頬を染めてたんまりと敷き詰められているチョコレートを一粒取って口に咥える。 「ほへ、ほーほ」  どうぞって、されて、ホント、恥ずかしいくらいに顔が緩んでるって自覚はしてる。してるんだけど。 「ンっ……っ」  どうしても緩んじゃうんだから仕方がない。 「っン……これっ」  舌で押し込まれたチョコレートは口付けの温度にちょうどよくホロリと溶けて、中のリキュールが溢れ出す。お互いの舌に染み込んで、強めのアルコールが喉奥を焼くように火照らす。  ついさっき焼け焦げそうだったのとは違う、熱が喉奥に滲んで広がった。  甘くて刺激的な……って、思ったんだけど、慶登は甘い雰囲気なんて全くない、渋い表情をしてた。眉をひそめて、口をへの字も曲げて。 「慶登?」 「これ、あまり、美味しくなかったですね」 「…………っぷ、あははははは」  今日二回目の大笑いだ。チョコの口移しなんてロマンチックすぎるじゃれ合いの後、ムードなんてものは吹き飛ぶくらいに笑って、そして、額に額で触れながら、今度はゆっくり丁寧に慶登を押し倒した。 「今度はこれも食べていい?」 「え? ぁっ……」 「ワセリン塗って? 見せて? 簡単に出るようになったんでしょ?」  乳首、すぐに出るようになったって。 「知ってた?ワセリンって、ローションの代用にもなるんだ。乳首だけじゃなくて、中にも塗れる。だから、慶登が自分でしてみせてよ」 「ほえ?」 「そしたら、食べるから」  自分からもらいにいってみようかなって、そう、思ったからさ。欲しいものをちゃんとねだってみようかなって。 「見せて? 慶登の可愛い、ここ」  絆創膏で隠れたピンクも食べてみたいから出して欲しいと、我儘を言ってみた。

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