51 / 62
第51話 可愛い小粒ちゃん
好きと言うのが、怖かった。
ワンコの散歩を終えて、仮住まいの大野先生と共にワンコは帰宅。俺と慶登は、そりゃ、もちろん、そのままうちに引っ張り込むでしょ。引っ張り込んで、押し倒すでしょ。
けれど、押し倒したら、ブリキの玩具みたいにギッシギシに固まって、ド緊張しまくりの初体験感がなんでか漂う慶登で。
組み敷きにながら微笑ましく眺めてしまう。
「あ、あの、あのっ、二人で暮らすっていうことはですよ! どこにしましょうね! ワンコさん! 一緒に住めて、あぁ! そうだ! ワンコさんの名前、発表しないとですよね。今日はなんだかんだで校長先生に報告し忘れてしまった。大丈夫かな。って、そうだ、二人で暮らす、ど、どどどど、どど、ど」
「好きだよ」
「どー!」
まさかのそのまま、あの国民的ネコ型ロボットの歌でも歌い出すんじゃないかと思った。歌わなかったけど、叫んでた。驚かないよ。この人は、慌てると日本語がへんてこになるから。
「好きって……また、言ってもらっちゃった」
あんなに怖かったのにね。あんなにその一言だけはビビって言えそうもなかったのに。一度言ったら、止まらなくなった。君のほうが耳まで真っ赤にしてしまうくらい何度も言ってる。
「好きだよ」
「っ」
ふわふわ猫っ毛にキスをした。くすぐったくて、こそばゆくて、優しくて。腕の中にいる慶登もくすぐったいのか、肩を竦め息を呑んだのが伝わった。
「慶登」
「あ、あの…………」
腕の中でぎゅっと縮こまって、胸に顔を埋めながら、ポツリと呟いた。
「本当に、僕でいいんですか?」
そう尋ねて、ふわふわの毛が俺の顎を撫でる。
「保さんは臆病なんかじゃないです。カッコよくて、優しくて、僕よりずっと、ずーっとすごいんです。尊敬してるし、憧れてます。保さんみたいになりたいってずっと思ってました」
「俺? 俺はそんな」
「保さんのクラスカッコいいですもん! 前に、整列がとっても上手って話したじゃないですか! ああいうの、担任の先生がすごいからできるんです! 本当です。だから、雪かき、一緒にできてすごい嬉しかったんです。雪降れー! って、めちゃくちゃお祈りしてました」
「ずっと? じゃあ、幻滅しなかった?」
いかがわしい下着とかあったし、性生活ルーズだし、適当だし。っていうか、尊敬して憧れられるほど俺はちゃんとした先生じゃなかったでしょ?
「……し、しません。ドキドキしました。セクシーで、その……キスとかしてみたいって、思っちゃったんです」
「……」
「ほ、他にも色々、その、僕、乳首のマッサージしてもらってる間、医療の一貫医療の一貫ってずっと唱えてたんです!」
鼻の穴をたくさん大きくして、フガフガさせながら、何を宣言するかと思えば。
「そうしてないと、エッチなことばかり考えちゃいそうで。その……あの……いけないって思いつつ」
「どんなこと?」
「ひょえっ!」
驚かないでよ。この会話の流れで、それを訊かないわけないでしょ。真っ赤になって口をパクパクさせていた。可愛いなぁって思った。けど、この人は、ほらただの純朴先生じゃないからさ。
「えっと、この口にちゅうしたい、とか」
フワフワまん丸で柔らかく生真面目な人だから。
「乳首……指じゃなくて舐めてもらったらヌルヌルがどんな感じに気持ちイイんだろう、とか」
律儀にスケベな妄想を全部暴露してしまう。恥ずかしがって真っ赤なくせに、ぜーんぶ、洗いざらいしゃべってしまうんだ。
「たくさん……」
そして、もっと、やばいくらいに可愛いなぁって思ってしまう。そしたらもう……ド嵌りするだけ。
「たくさん?」
「は、はい。もっといっぱい、たくさん……いけないことばっかり考えてたんです。だから、好きって言ってもらえて、ホント嘘みたい」
こんなに可愛いのに、スケベで、清楚ってさ。夢とロマンを詰め込みすぎでしょ?
「嘘、なのかも!」
「抓ってあげようか」
「はい、是非! っ、ふきゃっ、ひゃぁぁっン」
甘い悲鳴が上がったのは。俺が、差し出された頬じゃなく、大好物な可愛い小粒を抓ってみせたから。ニットベストの上からキュって抓ってあげたから。
「どう?」
「やっぱり、嘘かもです」
「え? なんで」
「だって」
ほら、きっとまた嵌る。予感がする。この人が可愛いことをまた言うから。
「乳首抓られても痛……くないっぽいんですもん。なんだかむしろ、気持ち良かったから、痛いはずが気持ち良いなんてきっと」
ね? 嵌った。ずぶずぶって。
「夢を、っ……ン、ん」
嵌って、深く、この人のところに落っこちた。
「んっ……」
キスに濡れて、胸のところでぎゅっと握りこぶし作って、真っ赤になってるこの人に、ぞっこんなんだ。
「好きだ」
「っ、あっ」
うなじにキスをして、一つ、印をくっつけておこうと思った。好きな子を独り占めしようと。
「あっ、あのっ!」
「慶登?」
「僕も大好きです!」
胸のところでぎゅっと手を握ってるから、まるで捧げ者みたいになってるけど?
「保さんのこと、本当に大好きです」
大きな声で元気に告白。
「本当に、大好きなんです。だから、僕の全部、あげます」
「……」
「初めて、だけじゃなくて、全部丸ごとあげるので」
今度はしっとり甘い声。
「保さんのこと、僕に、ください」
そして、驚くけれど、ついさっき五分前にもっと君に嵌ったのに。その五分前よりもずっと君のことが好きになる。
「あげる。いくらでも……」
微笑むと、唇にキスをして、たまらなく甘い笑顔を君が俺にくれた。
ともだちにシェアしよう!