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第2話
透さんは、めちゃくちゃ強かった。
ペースに付き合って飲んだらすぐ潰れると思ったので、早々に食べる方へシフトする。
「マジでうまいですねこれ」
「趣味、酒のつまみ研究だから」
スマホをすいすいっと操作して出てきたのは、几帳面にクラウド化されたレシピ。
タグ検索で作りたいものにすぐアクセスできるよう、完璧にシステムを構築したらしい。
「とまあそんな感じで、また来たら作ってやるよ」
「いやいや。もう雪の日に仕事するのはやめましょう」
「あー……、まあ、それもそうかあ」
天井を仰いだ透さんは、はあっとため息をついたあと、少し寂しげな顔で言った。
「オレ、人と距離感分かんないんだよ。全然分かんない」
「え?」
「めんどくさいこと全部手抜いてきたバチかな。知り合いはたくさんいるけど、なんか損得見えすいた奴とか、人脈どうのとか、あとはもうひたすらオンナ要素出してくる子ばっかり。めんどくさいから、適当に浅い付き合いしてる。会社では、まあ怖がられてんのは知ってるけど、そのやり方でついて来てくれてるから効率いいやと思って早何年? 疲れた」
初めて聞く寡黙な人物の本音のようなものに、ただただ戸惑ってしまう。
「きょうは大雪の予報でした。最初っからみんな帰してオレひとりで残るつもりで出勤して、案の定みんな帰りたいですオーラばしばし出してくるから、早めにみんな帰れって言ったわけ。なのに、ひとり帰らないやつがいてさ」
「僕ですね」
「そう、お前」
「ちょっとつまみ作って出してやったらうまそうに食うしさ、ものの試しに名前で呼んでみたら、素直に倣 って『透さん』なんて呼んでくるし。他人からなんの打算もない感じで接してもらえるなんて、あんまないからうれしかった」
なるほど。
透さんが急に『堅苦しいのなーし!』と大声でわめき始めたあれは、うれしかったのか。
ただ俺としては、名前で呼べと言われて呼んだのは決して素直だからではなく、単純に、上司の言うことを聞かなきゃいけない雰囲気だっただけだ。
「素直でもなんでもないですよ。打算ではないけど、上司にノーを言えるタイプの新入社員じゃないってだけです」
「打算じゃないの、可愛いじゃん。普通さ、上司の家になんて呼ばれたら、ちょっとでも気に入られて今後の待遇良くしてもらおうとするもんだろ? オレならするね。そのひと晩のヨイショで一生安泰かも知れないんだから」
「そこまで頭良くないです僕」
「頭の良し悪しじゃない。性格の問題だろ。他の部署も含めて後輩はいっぱいいるけど、晴斗がいちばん素直で可愛いと思う。露骨に上司に怯えてるとこも」
ケラケラと笑われたけど、褒められたのはうれしかったし、何より、誰にも見せない面を包み隠さず見せてくれているこの感じは、とても心地よかった。
テーブルの上の料理とお酒が、全部なくなった。
時計を見ると、まもなく日付が変わるかというところ。
「晴斗、雪降ってるか見てきて」
「はい」
立ち上がってみると、思いのほか酔いが回っていて、一瞬フラッとした。
窓際に寄りカーテンをそっと開けると、かなりの勢いで降っていた。
下の駐車場に停まっている車には、既にこんもりと積もっている。
「すごい降ってますよ。この調子で朝まで降ったら……」
振り向いたら、透さんがそこにいた。
「隙あり」
脇腹をつつかれて、驚いたところで壁に追い詰められた。
「あ、あの。透さん?」
「んー?」
鼻先がぶつかるのではというくらいの距離まで、整った顔が近づいてくる。
酔っているのだろうか。
全然なんともないように見えるけど、実は顔に出ないタイプで、めちゃめちゃ酔ってるとか?
「あ、ほぼシラフよ、オレ」
見透かされたように言われて、ぎこちなくうなずく。
顔を固定されて、ジタバタする間もなくキスされた。
びっくりしすぎて目をまん丸く開けていると、ちょっと顔を離した透さんが、うっすら笑っていた。
「可愛い」
「な、っ……にするんですかっ」
酔ってるなら酔ってると言って欲しい。
シラフだと言い張ったり、誰彼かまわずキスするとか、最もタチの悪い酔っぱらいだ。
「オレ、晴斗のこともっと知りたいなあ」
「人からかって何が楽しいんですか」
もう酔っ払い相手なら何を言ってもいいかと思って、ヤケクソになる。
ヤケクソにはなっているけど、ジャージのズボンにかかった手を払いのける度胸はさすがにない――無職にはなりたくないからだ。
透さんはしゃがみこんで、そのまま下着ごと下げた。
「いっ!?」
股間の目の前に、透さんの顔がある状態。
「ちょ、あんた何してんのか自分で分かってます!?」
大声で言ったけど、透さんは俺のことを見上げながら、両太ももをつかんだ。
「気持ちよかったら、またうち来て?」
そうひとことつぶやいた透さんは、あーっと大きく口を開けて、俺のものを口に含んだ。
「え!? あ、ん……ッ」
自分で引くくらい、甘ったるい声が出た。
すうっと全部飲み込まれたら、やばい、気持ちいい。
でも違う意味で、色々社会的にも倫理的にも貞操的にもやばい。
「とおるさ、……ん、や、」
やめてと言いたかったのに、じゅるっと吸われたら言葉が飛んでしまった。
「ぁ、ん……、やめ、……はあ」
下がどんな光景かなんて、見たくもない。
そう思ってぎゅっと目をつぶったら、ますます透さんの舌とくちびるの動きがリアルに感じられてしまって、逆効果だった。
「ん、はぁ、も……ほんと、ゆるしてくださ、……ぁ」
何の悪ふざけだ。
ニコリともしたことがない上司が、俺のをくわえてからかっている?
どんだけ酔ってんだ?
本気で訳が分からない状況と……あまりの気持ちよさに、腰が砕けてしまう。
「おっと」
フラついた俺の体を、ぱっと立ち上がって抱きしめて支えた。
「悪い悪い。大丈夫?」
「だ、いじょうぶじゃないです」
認識したくはないけど、俺の中心は立ち上がりかけている。
「1回抜いちゃおっか」
俺を床に座らせ、透さんもぺたりと座り、俺のペニスを握る。
ゆるく上下しながらキスされたら、上ずった声が出た。
「ぁあ、……ん、」
正直、キスも手淫も、うますぎる。
「気持ちいい?」
「ん、んっ」
「気持ちよさそう」
言われてめちゃくちゃ恥ずかしくて、透さんのトレーナーを握りしめた。
いとも簡単に固く張り詰めてしまったそれは、透さんの手の中でゴリゴリとこすられて、先走りをこぼしている。
「はあ、……あっ……っ、」
カリカリと先端の方を引っ掛けられて、体がびくりと跳ねた。
「ぁあっ、ん、も、はなしてくださ、……はあ、イッ、んんっ」
「イケそう?」
「や、ん……ッ」
拒否の言葉は、舌に絡めとられた。
巧みな舌づかいに、脳みそが正常な判断を手放していく感じがする。
口を離そうとする透さんを追いかけて、つい舌を伸ばして差し出してしまった。
「かわい」
舌を吸われる。
再び歯列に差し入れられると、犯すみたいに口の中全部をなぞられた。
「……っはぁ、はっ、ぁあ」
そうこうしている間にも確実に下は攻め立てられていて、だんだん、気持ちいいしか考えられなくなってきた。
やばい、上司とこんなことして絶対やばいのに、止まらない。
「手、首の後ろに回して、抱きついてみて。もっと気持ちよくなるよ」
言われるままにしがみつくと、背中が反るような格好になり、気持ちよさが増した。
「ぁあッ、ん、とおるさ……ぁ」
「可愛い」
「んぁ、はあ、い、いきたいです……」
「手でいい? 口でされたい?」
「ん、ん……っ」
答えずに首を横に振る。
「じゃあ……キスしたいから、このまま手でするね?」
深く口づけながら、しごく手の動きを速める。
「ん、んんっ……、はあ、ん……んッ」
苦しい。けど、ぼーっとして気持ちいい。
舌の感触を味わうように絡めると、透さんも「ん」と、気持ちよさそうな声を漏らした。
「はぁ、……ぁ、あ、イッちゃう、……っ」
「いいよ。おいで」
「…あ、や、はぁ……っ、むり、」
「何をいまさら」
「ぁ、あ……ッ、イッ、く……、ぁあ……ッ!………!っ……」
ぎゅうっと抱きつき、あごを跳ね上げながら、透さんの手の中で達してしまった。
「はー……、はー……、はー……」
ぺたっとへたりこむと、泣きたくなってきた。
そして、やっと出た言葉がこれだ。
「な、にすんすかぁ……」
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