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 理津はお邪魔しましたと言って、足早に二人の横を通り過ぎる。 「理津!」  佳孝の声を無視して、理津は部屋を飛び出す。逃げるようにエレベーターに乗り込み、一階のボタンを震える指で何度も押す。  しかたない。しかたない。しかたない。  今にも叫びだしそうな気持ちを宥めるように、心の中で呟く。  香苗が帰ってきたのは、佳孝だって予想外のはずだ。別に誰が悪いわけでもない。それでも心は張り裂けそうなほど、苦しくて痛かった。  マンションを出ると、夜の闇の中をチラチラと白い粉が舞っていた。 「……嘘つき」  理津はぽつりと呟く。  雪は降らないと佳孝が言っていた。それなのに、都内の空から雪が舞っている。  自分の恋愛はいつも雪に左右される。良くも悪くも。  道の分からない都会の道を当てもなくふらふら歩く。 「理津!」  背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、驚いて振り返る。佳孝が息を切らしながらこちらに近づく。 「……佳孝さん」  まさか追ってくるとは思ってもみず、理津は唖然とする。 「ごめん……理津」  乱れた呼吸で佳孝が言った。 「行こう」 「どこへ?」 「駅の方に行けばホテルがある」  訳が分からず、理津は呆然と佳孝を見つめる。街頭に照らされた佳孝の表情は固く、険しい。  立ち尽くす理津に佳孝が腕を掴む。 「ここじゃあ、風邪を引く。行こう」 「……香苗さんは」 「いいんだ。本当のことを言ってきた」 「……どうして」  声が震え、理津は愕然とした。それじゃあなんのために、自分が嘘を吐いたのか分からない。  佳孝に腕を引かれ、理津は心もとなく歩きだす。

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