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第5話 二日酔いの朝

「あれ?鏑木(かぶらぎ)?偶然だね」 清隆がそう言うと、草太は驚いたように顔を上げた。 「え?速水(はやみ)?」 草太はそう言うと少し周りを見回し不思議そうな顔をした。 清隆は説明する。 「さっきまで友達と飲んでてさ。偶然見かけたから……。鏑木は何してたんだ?」 飲んでいたというのは本当だ。友達数人で飲んでいた。 しかし、カラオケでも行こうかという話になったが偶然、草太を見かけたので、清隆は友達とは別れて、こっそり追いかけてきた。 声をかけようか迷ったが、草太はなんだか暗い表情で、思わず声をかけてしまった。 顔を上げた草太は、少し目が赤い。やはり何かあったのか。 「あー、僕はちょっと……その……」 草太は歯切れ悪い感じでもごもご濁した。 清隆は失敗したかなと思う。あまり聞かれたくなかったのかもしれない。慌てて話題をそらす。 「そう言えば草太の家ってどっち方面なんだ?」 「え?家はあっちだけど……」 草太は少し困惑したような表情で、指差す。 「本当?俺と一緒の方向だ」 本当は全く逆方向だったが清隆はそう答えた。 せっかく会えたのだ、少しでも喋りたかった。 「へえ、そうなんだ……」 草太は少し不思議そうな表情をしたが、うなずくと一緒にて歩き出した。 「……今日は、いい天気だね」 清隆は何か喋らないとと思って言った。 「え?あ、まあそうだね……」 草太は微妙な顔をする。清隆は言ってしまってから失敗したと思った。中途半端な話題だ。しかも、空を見るとうっすら曇っている。 「……」 「……」 変な沈黙が流れてしまう。 清隆は誤魔化すために他の話題を探してみたが、何も出てこない。 友達と話す時や女の子と話す時、こんな空気になる事はなかった。清隆は焦る。 「えーっと……」 草太をチラリと見たが、俯いているせいで表情は見えない。しかし、特に沈黙を気にしていない様で、ホッとする。 清隆は改めて草太を観察した。 草太は清隆より少し小柄で華奢だ。服装いつもシックでシンプルなものが多い。Tシャツにちょっとよれたネルシャツを上に着ている。 髪は少し長めなので顔が半分くらい隠れて見えない。 その時、昼間の熱気を残した空気を纏い、ふわりと生暖かい風が吹いた。すると、少し長い草太の髪が巻き上げられ、白い首筋があらわになった。 どうやら草太は東北の生まれらしく、そのせいか肌が白い。 ジワリと上がる体温と共に、清隆は草太との出会いを思い出した。 草太とは酔ったところを介抱してもらったのが、最初の出会いだ。 その飲み会は、大人数が参加する飲み会で、一度も話した事がない人間も多かった。 その中に草太もいたのだ。 その日はいつも通り友達と楽しく喋って、飲んで帰るつもりだった。清隆にとってはいつものことだ。 だけど、その日は色々あって途中から記憶も曖昧になるくらい、かなり酔ってしまった。 そして次の日、清隆は軽い頭痛と共に目を覚ますはめになった。 『ん?……』 最初に目に入ったのはやけに白くて綺麗な首筋だった。 まだ、頭がぼんやりしていた清隆は思わず魅入る。 その滑らかな見た目に何だかいい匂いまでして、清隆は誘われるように顔を埋めそうになってハッと我に帰った。 清隆は今、彼女とか恋人と言われる相手はいないことを思い出した。 『あれ……?』 最初に頭に浮かんだのは、酔った勢いで、女の子と一晩の関係を持ってしまったということだ。 しかも、最悪な事に何かした記憶もない。 清隆は健康な男子だ。それなりに性欲はあるから、あり得ることだ。 しかし、真面目な清隆は一晩だけの関係などと不誠実な事したくなかったし、した事もなかった。 清隆はまさかと思って、ショックを受ける。 『どうしよう、なんて謝れば……って、あれ?』 一瞬パニックになったが直後、違和感を感じる。 腕の中にある感触が、女の子にしては固いというか、ゴツゴツしているのに気がついたのだ。 よく見ると首には喉仏ががある。 しかし、そのことでさらに清隆はパニックになる。女の子とならともかく男とそういう関係になってしまったのだろうか。 その時、相手がもぞもぞと動いたかと思うと、うっすら目を開けた。 『ん……おはよう』 『あ……お、おはよう』 相手は眠そうな表情でのそりと起き上がった。くしゃくしゃになった髪と、乱れた服に、何故か心臓が高鳴った。 『ああ、ごめん。昨日速水くんを送ってすぐ帰るつもりだったんだけど、しがみつかれちゃって……面倒だったからそのまま寝ちゃったんだ』 相手は清隆が戸惑っているのがわかったのか、そう説明した。 『あ……なるほど』 それを聞いて清隆はホッとする。どうやらただ一緒に添い寝しただけだったようだ。 さらに、冷静になってよく見ると昨日と同じ服を着ているし。そういった事の形跡もない。 そうしているうちに相手は伸びをして、ベッドから出た。 『そういえば、体調は大丈夫か?昨日だいぶ飲んでたし二日酔いとかなってないか?」 『え?ああ、大丈……』 大丈夫と言おうとして、今更になって気持ち悪さと頭痛が一気に襲ってきた。 気が緩んだのだろう。 清隆は襲いくる吐き気に、慌ててトイレに駆け込んだ。 『昨日も結構吐いてたけど、大丈夫?』 『あ、ああ』 清隆はトイレから、なんとかそう答えた。 しかし、大丈夫と言ったものの吐いたものは胃液だけだ。頭もガンガンするしめまいもする。 その上、胃も痛くて満足に吐く事も出来ず、気持ち悪さが取れない。 『水と薬置いとくね。ついでにシャワーでも浴びたら?スッキリするかもよ』 『あ、ありがとう』 清隆は言われた通りヨロヨロとトイレから出ると薬を飲んでシャワーを浴びた。 浴室から出ると、丁寧にタオルと服が置いてあるのに気が付いた。 『ごめん、勝手に漁って置いといたけど、よかった?』 外からそんな声が聞こえた。 『ああ。全然いいよ。むしろ迷惑かけてごめん』 流石に少しスッキリしたが、今度は申し訳なくなってくる。昨日から迷惑をかけまくってしまった。 『大丈夫、僕も泊まらせてもらったしね』 そう言って相手は軽い感じで言ってくれた。そして、続けて『ついでに台所も使わせてもらったよ。何か食べた方がいいよ』と言った。 『え?朝食まで作ってくれたの?』 驚いて見るとテーブルに、出来立ての食事が並んでいた。 『簡単な物だけどね。速水は今日授業は何時から?』 『えーっと午後からだったと思う』 清隆はまだぼんやりする頭でなんとか思い出す。そういえば時間的に余裕があるからと、昨日は飲みすぎてしまった面もあるのだ。 『ちょっとは休めるし大丈夫だね。じゃあ、僕は帰るね』 てきぱきと荷物をまとめると相手はそう言った。 『え?もう?一緒に食べていかないか?』 『いや。一人分しか作ってないし、僕は授業があるから』 相手はそう言うと荷物を持って、お礼を言う間もなく出て行ってしまった。 まだ本調子じゃなかった清隆は、何も出来ず見送る。 仕方なく清隆は部屋に戻り、作ってくれた朝食を食べた。 『美味っ……』 簡単に作ったと言っていた朝食は、とても美味しかった。 たしかに見た目はよくある朝食そのものだ。 ご飯に味噌汁、それから卵焼きに野菜の浅漬け。量的にはそんなに多くないが二日酔いの清隆には丁度良かった。 卵焼きは甘く焼かれていて、浅漬けのお陰でするする食が進んだ。 あっという間に食べ終わり。しばらくすると、薬を飲んだのも良かったのか、二日酔いは大分よくなっていた。 それが草太との出会いだった。

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