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第13話 それでも、日は昇る

翌日、清隆は熱を出した。 体の負担と精神的なものが、重なったのだろう。それから数日、清隆は誰とも連絡を取らず部屋に籠った。 体調もそうだが、それ以上に精神的ショックで何もする気がおきない。 しかも、追い打ちをかけるように焔次から、何度も連絡が来るようになった。 内容は、呼び出しや、来なかったら撮ったものをばら撒くぞといったものだ。 一緒に、撮った写真や映像も一緒に送られてきたりもする。 しかし、清隆は全て無視した。 あの夜の事がショック過ぎて、もうやれるものならやってみろというヤケクソな気持だった。 数日経ち、清隆の体調も徐々に戻った。 流石に、これ以上は休むわけにもいかなくて、清隆は大学に行くことにした。 脅しの事が少し心配だったが、友達も心配するだろうと思った。 それより、あの夜の事より最悪な事なんてない、そう思って家を出たのだ。 大学に着くと、沢山の友達が話しかけてきた。 「速水くんおはよう。体調崩してたって聞いたけど大丈夫?」「お、清隆だ。大丈夫か?」「わー清隆くん、心配したよ~」 清隆はその勢いに押されながらも、一人一人返事していく。 友達のいつも通りの態度に、清隆は少し、ホッとした。 あの夜の事が夢の中のような気がしてくる。 そして、清隆はいつも通り授業に出て、昼になると友達と食堂に向かった。あっという間に、いつも通りの日常に戻って、清隆は少しあっけに取られた。 そのころには、気持も大分軽くなっていた。 もちろん、元には戻らなかったが、傍から見れば普通に見えただろう。 料理を注文し、友達とワイワイ話しながら、食事をする。 「清隆、休んでたのは風邪?それとも他に何かあったのか?」 「え?あ、ああ。熱が出てたからたぶんそうだろうと思うよ。原因は……お酒を飲みすぎたからかな……」 清隆は、目をそらしつつそう誤魔化した、男に犯されたのが原因とは流石に言えない。 友達は「気を付けろよ」とか「そんなに飲んでたっけ?」など口々に言った。清隆はそれに適当に答える。 あの事を思い出すとじりじりと胸の奥が痛む。 忘れてしまいたいのに、しつこく胸にのしかかる。あの時の記憶はそう簡単には消えそうにない。 その時、スマホが震えた。ちらりと見ると焔次からだった。 清隆はまたかと思てすぐに表示を消して、無視をする。 今日は大学に来たことを知っているのか、いつもより頻繁に来ていた。送られて来たメールには相変わらず”今すぐ来い”や”バラすぞ”という脅しの言葉が書かれていた。 清隆はすぐに携帯の電源を切ると、カバンに仕舞った。 あの事はそう簡単に忘れられないだろうし、自分でもこれからどうしたいのかも分からない。 しかし、あんな奴のいいなりになるのだけは嫌だった。 幸いなことに、焔次は脅しはしてもいまだに実行していない。 焔次の事はあまり知らないが、噂を聞く限りでは軽薄で適当な性格のようだ。ある程度したらそのうち飽きる可能性が高い。 その時だった、周りがざわざわした空気になっている事に気が付く。 清隆は、何気なく顔を上げ驚く。 「っ……草太!」 そこにいたのは草太だった。 草太はこちらに歩いてくる。驚いたのは、草太が遠目から見ても分かるくらい傷だらけだったからだ。 顔は痣だらけ、唇は切れて赤くなっている。しかも瞼が腫れて片目は開いていなかった。 服の下は見えないが、草太は痛そうにお腹を押さえている。 「……清隆」 草太はぼそりとそう言った。 清隆は草太に駆け寄る。 「草太!どうしたんだその傷。誰に……!」 「あの……」 清隆はそこまで言って、周りから注目されていることに気が付いた。 「草太、こっち来て」 清隆は慌てて草太を連れ、人があまりいないところに移動する。 なんとか移動したが、草太は俯き黙ってしまう。 「草太どうして……っていうか、その傷……もしかして不知火に?」 清隆はそう言うと、草太はちらりとこちらを見て頷いた。 「焔次くんが清隆を呼び出しても返事がないって……だから……その……」 草太は俯きながらもごもごと言う。 「やっぱり不知火……!」 ボロボロになっている草太を見て、清隆は無性に腹が立ってきた。 草太が何をしたとしても、こんな暴力を振るうなんて間違ってる。 「……」 「草太、行こう……」 そう言って草太を連れ、清隆は焔次の家に向かう。 「不知火……!」 清隆は怒りのまま、焔次の部屋に到着した。 部屋で、焔次はだらりとした格好でベッドに座っていた。スマホを操作していたようで清隆が来たのがわかると、嬉しそうな表情で顔を上げた。 「やっと、来たか。おせーんだよ」 ニヤリと笑う焔次の姿に、清隆は少し怯む。あの夜の記憶が一気に蘇り、恐怖で体が硬直した。 「そ、そんな事より。草太が傷だらけじゃないか……なんでこんな事をするんだ!」 「ああ?どうでもいいだろそんな奴。そんな事よりまたしようぜ」 焔次はそう言って清隆の腕を掴み、ベッドに引きずりこもうとした。 「っ……!するわけないだろ!離せ!」 「あ?いいのかよバラして」 焔次はそう言うと脅すようにスマホを見せる。そこにはあの夜に焔次が撮った映像が映されていた。 「バラしたければバラせよ。そんなことより、草太に暴力ふるうのはよせ!もう、草太に近づくな!」 清隆は、怒りのままそう返す。 そうして草太の手を掴み「行こう」と言って部屋を出ようとした。 「草太、来い」 「は、はい……」 しかし、焔次が草太を呼ぶと、草太は清隆の手をほどいて焔次の方に戻ってしまった。 「っ、草太!」 すると焔次は、いきなり草太を殴りつけた。 草太は思いっきり床に倒れる。 「っぐ!」 「っ草太!」 焔次はそのまま追い打ちをかけるように倒れ、草太を殴ったり蹴りを入れた。 草太は苦しそうに体を丸め、されるがまま床に転がる。 慌てて清隆は草太に駆け寄った。 「や、やめろ。なんでこんなこと……」 すでにあった怪我が、さらにひどくなっている。 「そんなことどうでもいい。俺の言うことを聞くか聞かないかだ」 焔次はニヤリと笑い草太の胸倉をつかむと、拳を握り締めた。焔次は草太を殴るのを止めるつもりはないようだ。 清隆は、慌てて言う。 「ま、待ってくれ。止めてくれ。っこれ以上は……」 「じゃあ、どうすればいいか分かるよな?」 焔次は何かを含むようにニヤリと笑う。 「っ……」 清隆は悔しそうな表情で俯く事しかできなかった。 それを見た焔次は嬉しそうに清隆の腕を掴むと、ベッドに引き入れた。 「心配すんな。そんなに酷いことはしないから」 焔次はそう言って笑った。 それから焔次はあの夜のように焔次は清隆を何度も犯した。それも楽しそうに。 清隆は何度も抵抗して拒否したが、その度に草太を殴るから清隆は焔次のいいなりになるしかない。 草太がボロボロになっていく姿は、見るにたえなかった。 その行為は、夜遅くまで続いた。 「草太!待って!」 やっと解放された帰り、清隆は草太を追いかけ呼び止めた。 「何?」 草太は振り返ると、あんな事が無かったみたいに返事をした。 「っな、何って……なんであんな騙すような事したんだ?焔次に脅された?」 清隆はそう聞いた。もしかしたら、何か弱みを握られていていいなりになっているのかもしれないと思った。 「……何でって、見てたし聞いてただろ?」 無表情で草太はそう言った。 「で、でも……」 しかし、清隆は信じたく無くて口ごもる。同時に草太が焔次にキスをねだったシーンを思い出す。 草太はため息を吐いた。 「前も言ったけど、もう僕に関わらない方がいいよ」 「で、でも。あんなに殴られて……」 「清隆には関係ないだろ。それに、わかってる?遊びに行ったのも料理作ったのも清隆を嵌めるためだよ?なんで焔次の言うこと聞いてるの?バカなの?」 草太は、怪訝な顔で吐き捨てるように言った。 「好きなんだ!」 清隆は必死にそう言った。草太が焔次を好きなのも裏切られたこともわかった。 それでも草太の事が好きだと言う気持ちは消えないし、草太があんな目に遭うのを目の前にして放っておけなかった。 しかし、草太は顔色を変えることなく言い放った。 「僕は嫌いだ」 草太は清隆をまっすぐに睨んだ。 「!っ……」 「本当はずっと、清隆が目障りだったし嫌いだった」 「な、何で……」 清隆は、そんな言葉を言われるとは思わなくて後退る。草太は俯き言葉を吐いた。 「いじめられてたゲイの僕を憐れんで楽しかった?」 「そ、そんなつもりは……」 「友達も多いし、成績も良くてイケメンなんて凄いよね。きっといままでいくらでも女の子と付き合えたんだろ。それで?飽きて物珍しいゲイに手を出したくなった?」 「何を……」 清隆は思ってもいなかった言葉に言葉を失う。 「僕に服買い与えてたくらいだからお金にも困ってないんだろ?いいよね。そうやって女みたいな扱いして、僕が何も思わないと思ってるの?」 「草太……」 「清隆の友達に囲まれても僕はみじめになるだけだ。なにをやってたって上手くできないのを笑われてる気持ちになる」 草太は俯きさらに言う。 「前にいた僕の友達だって、本当は利用されてるだけだって気付いてたけど、それでもそれくらいしか喋ってくれるやつなんていない。家だって貧乏だから仕送りもない、奨学金とバイトで精一杯だ。楽しいキャンパスライフとか笑える……」 草太は自虐的な表情で笑う。 「草太、俺は本当に草太が好きで……そんなつもり」 清隆はそんなつもりはないと言おうとした。しかし、草太は遮るように続けた。 「何もかも持ってる恵まれた勝ち組に、何言われても説得力なんてない。高いところから見下されて嬉しがる馬鹿だって言われても、嬉しいわけないだろ」 「お、俺は……」 「証明したかったら、せめてその高いところから堕ちてみろよ。できないだろ?」 草太はそう言っ清隆を睨む。 「高いところって、そんなに自分を卑下しなくても……」 「恋愛も友達もまともに出来ない僕の気持なんて清隆にはわからない。会うたびに僕はみじめになる。かまうなって言ったのに、だからあんな目に合うんだ。いい気味……」 憎々しげに言うと、草太は嘲笑うように口をゆがめた。 「草太……」 「もうほっといてよ、可哀想な僕を憐れんで十分楽しんだだろ?あの夜のことは犬に噛まれたとでも思っておけばいいよ。授業料みたいなもんだよ。楽しい大学生活のちょっとした汚点」 「俺は……そんなつもり……」 「もう話しかけないで。じゃあね」 草太はそう言って前を向くと、さっさと歩きだす。 清隆は唖然として、それ以上なにも言えず見送ることしかできなかった。

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