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第16話 混沌と混乱

『今すぐ来い』 スマホに表示されたそんな文章を見て、清隆は顔をしかめた。 送ってきたのはもちろん、焔次だ。 それと同時に草太が言った”あの事”を思い出す。 「まさか……そんなはず……ないよな?」 ”あの事”とは焔次が清隆を好きだと言う話の事だ。 しかし、草太の表情は嘘を言っているようには見えなかった。 それでも流石に清隆は信じられなかった。 それはそうだ、もし本当に好きならあんな風にだましてレイプまがいの事をしたりしない。 少なくとも清隆の常識では、あり得ないことだ。 だから清隆は、草太の勘違いの可能性が高いと思っている。 むしろ草太がそんな勘違いをしてしまうほど、焔次の事が好きなんだと言われているようで辛かった。 清隆は、もう一度スマホのメールを見る。焔次から来たメール文章は変わらず、清隆に来いと言っている。 行かないと、また草太が殴られるかもしれない。そう思うと行かないという選択も出来ない。 あの話は昨日聞いた。 焔次と顔を合わせるのはいつも嫌だが、今日は特に気が進まない。 「はぁ……」 「清隆、どうしたんだ?」 食堂で食事をしていると、友達が話しかけてきた。 清隆は慌ててスマホの画面を伏せそれに答える。 「な、なんでもない」 「そうか?っていうか最近、疲れた顔してるけど大丈夫か?」 友達が心配そうにそう言って、顔を覗き込む。 「そ、そうかな」 清隆は視線を逸らせながらそう言った。そうかなと言ったものの実際疲れている。 とは言え、何で疲れているかは言えないから嘘をつく。 「本当、変だぞ。忙しいって言って付き合いも悪いし」 「ああ、ごめん……ちょっと色々事情があって……」 清隆は歯切れ悪く言う。心配をかけてしまって申し訳ない。 「って言いうか、体調が悪いのはその所為じゃないか?」 友達がそう言って、清隆の服を指さす。 清隆は夏の暑い時期なのに襟ぐりが狭く、長袖の服を着ていた。 薄手のものではあるが見るからに暑そうだ。 しかし、理由がある。 これは、焔次につけられた跡を隠すためだ。行為の最中、焔次は興奮するとやたら噛んだり、痕がのこるほど吸い付いたりする。 しかも、首筋や胸の上の方にもつけるから、Tシャツを着ていたらばれてしまうのだ。だから苦肉の策として、こんな服を着る羽目になった。 清隆はさりげなく襟元をかき集めて痕を隠す。 「い、いや。これはちょっと日焼けが酷くなったから着てるんだ。関係ないよ」 清隆はかなり無理矢理な理由だな思いながら笑って誤魔化す。 それでも友達は微妙な顔だ。 清隆はさらに言い訳をする。 「皮とか剥けて、酷い状態なんだ。体調は……その……ちょっと夏バテぎみなんだよ。大丈夫」 「じゃあ、今日。スタミナ付けるために焼肉行こうぜ。食べ放題でいい店があるんだ」 友達が元気づけるようにそう言うと、近くにいた女の子も同意する。 「私も行きたい。最近本当に一緒に遊べてないし、みんな誘ったら行きたがるよ」 「おお、いいね。集まって飲み会も出来てないし。誘おうぜ」 一人がそう言うと他の人間も、いいね、いいねと言って盛り上がる。 「ご、ごめん。今日はこれから用事が……」 清隆は慌てて立ち上がりそう言った。焔次にメールで呼ばれたところだ。行きたくないが、早く行かないと草太が何かされるかもしれない。 清隆はカバンを持ってトレーも手に取る、食事はまだ少し残っていた。 友達は一斉に残念そうな表情で「えー」とか「今日もダメなの?」とか口々に言う。 「本当にごめん。また今度行こう」 清隆は、そう言いながらその場を離れる。 トレーを片づけると食堂を出た。 「暑っ……」 外は日差しが強く、一瞬眩暈がする。友達が言ったように体調が悪いのは本当だ。食欲もないし少し痩せたのも自覚してる。 夏バテだったら良かったが、原因は勿論焔次だ。 ため息をついてもう一度スマホを確認する。 「しつこいな……」 また焔次から新しいメールが来ていた。文面は同じだ。 清隆は仕方なく焔次の家に向かうことにした。 家に着くと鍵を使って焔次の家に入る。鍵は最近焔次に渡された、面倒だから勝手に入ってこいということらしい。 「おせぇーな」 焔次の家に入った途端、焔次がそう言った。 「遅いって。俺も一応大学生なんだけどな……」 清隆はため息をついて言った。焔次のせいで最近は授業もサボりぎみだ。 「来い」 しかし、清隆の言葉も無視して焔次はそう言って清隆の手を引いた。 「っ……引っ張るなよ。っていうか草太は?」 いつも、草太がいるのに今日は見当たらない。清隆はキョロキョロ見渡す。 「はあ?知らねえよ。あんな奴どうでもいいだろ」 「っ……いいわけないだろ」 清隆は手を振り払う。そのために今日も嫌々来ているのだ。草太がいなかったらここに居る意味がない。 清隆は焔次を無視してそのまま他の部屋の中を探す。 しかし、見当たらない。 「そのうち来る。だから先に始めといてもいいだろ」 「なんで、そうなるんだよ。草太が居ないなら帰る」 腹が立って清隆はそう言って玄関に向かう。 「っ!ふざけんな!待てよ!」 焔次は怒気孕んだ声で怒鳴ると、また手を掴む。 「いやだ!」 清隆は嫌悪感で、思わず手を振りほどく。 「言うこと聞け!」 そう言って焔次は手を振り上げた。 「っ!!」 殴られると思って清隆は身構える。 「……?」 しかし、想像していた衝撃は来なかった。 目を開けると焔次は手を振り上げた状態で止まっていた。そして、清隆と目が合うと舌打ちをして手を降ろす。 「っ……分かったよ。なんもしねーから待ってろ」 焔次はそう言って離れ、リビングに入って行ってしまった。 「何だよ……」 清隆は少し悩んで、結局そのまま残ることにした。 草太は来るらしいし、草太は焔次の言う事だけは聞く。焔次の言うように少し待てば来るかもしれない。 それに、清隆がいない時に草太が何かされたら嫌だ。 清隆は、リビングとは離れたキッチンで待つことにした。 「はぁ……本当に何がしたいんだあいつ」 清隆はキッチンにカウンターに座って肘をつと、ため息を吐く。 座った途端、疲れを感じる。 気を紛らわせるために課題でもしようかと思い、清隆はノートを出した。 焔次の所為で、最近は単位もやばい。 その時、ふと草太が”焔次は清隆の事は殴らない”と言っていた事を思い出した。それも焔次が清隆を好きな証拠だと。 「……確かに殴らなかったな……」 草太の言葉を真に受けた訳じゃないが、思い返してみると清隆は焔次に殴られた事は一度もなかった。 「いや、それ以上に酷いことされてるし……証拠にはならないだろ……」 無理矢理レイプされた上に、さらには脅されたのだ。訴えれば立派な犯罪になる。 今はもう慣れてしまったが最初に入れられた時は本当に痛たかった。あれは充分に暴力だ。その後、熱も出たし寝込んだ。下手をすれば病院に駆け込まなくていけなかったかもしれないのだ。 殴らないからなんて証拠にもならない。 そんなことを考えながら清隆は、出したノートをぼんやり眺める。 疲れの所為かやる気が出ない。 「少し、寝るか……」 小さな文字を見ていると、だんだん霞んできた。 清隆はテーブルに突っ伏した。草太が来るまで眠ることにする。 またため息を吐た。 草太とのことや焔次の事も色々考えなきゃいけないと思うのに、上手くまとまらない。 この終わりのない生活がいつまで続くのかと考えると、気分が落ち込んでくる。 それでもしばらくするとウトウトしてきた。 どれくらい眠ったのか分からない、清隆は何かの気配を感じて目を覚ます。 しかし、意識は半覚醒の状態で体は動かない。 これが夢なのか現実なのかもよくわかっていなかった。 何だろうと思っていると、誰かの手が髪を撫でる気配がした。 物凄く優しい手つきで、少しくすぐったかった。 その手は何度か頭を撫で、そのまま唇に触れた。 そうして次に、なにか柔らかい物が触れる、キスされてる?と清隆が思ったところで玄関の音がした。 その音で、清隆は意識が完全に戻る。 目を開けると、焔次が目の前にいた。 焔次は目が合うと慌てたように離れる。 「……何?」 まだ少しぼんやりした声で清隆が言った。しかし、焔次は何も言わず目を逸らす。 その時、草太が入ってきた。 「どうしたの?」 草太はいつもと違う二人の雰囲気に、不思議そうに聞いた。 「何でもねえ。っていうか遅い!行くぞ」 焔次はそう言うと、清隆の手を掴み無理矢理引っ張った。 「っ……おい!」 清隆は、いきなり手を引かれよろけつつも立ち上がる。起き抜けで、しかもさっきあったことで頭が混乱していた。 しかし焔次は、いつものように清隆を寝室に連れて行こく。 草太も、焔次に何もないと言われたからか、それ以上聞かずいつも通り付いてきた。 そうして、結局さっきの事は有耶無耶になってしまった。焔次はいつも通り清隆をベッドに押し倒す。 「っ……ん」 ずるりと中に入った物が抜かれた。その排泄感に清隆の体が震える。 あれから、数時間が経った—— 部屋はクーラーが効いているはずなのに、清隆は汗だくだ。後ろからは荒い息遣いが聞こえる。 もうすでに日常になりつつある行為。焔次は今日もしつこい。 やっと終わったと、清隆はうつ伏せになって力を抜く。 今日は疲れが溜まっているせいか、最後の方は意識を失ってしまった。 ベッドの脇に置いてある時計を見ると、いつのまにか夜になっていた。草太も隣で眠っているようだ。 清隆はため息をつく。 頭がグラグラして、だるい。汗と精液で気持が悪いのに、焔次は清隆もイかそうとするから、体には快楽の残滓もあって罪悪感がある。 今日はもう、帰りたいでも草太は眠ってるし、着替える元気もない。 そんな事を思っていると、焔次にまた腰を掴まれ引き寄せられる。 「っ……おい。もういいだろ……」 清隆は流石にもう嫌だと腕で突っぱねた。 「これで、最後だ……」 それでも焔次はしつこく入れようとする。 「嫌だって!」 清隆は強めに突っぱねる。 この異常な状況や連日の行為に疲れ切っていた清隆はイライラしていた。 眠くて辛いし、頭も正常に動かない。 何より、焔次が何をしたいのか、いつまで続くのかわからないのが辛い。 清隆は焔次を睨みながら起き上がる、突っぱねた焔次を見ると不満そうな表情でこちらを見ている。 「ッチ……これくらいいいだろ……」 焔次は顔を逸らし、ブツブツ文句を言っている。 疲れも限界だった清隆は思わず言った。 「俺の事が好きって本当なのか?」 この時清隆は、頭もぼんやりしていたし、正直何も考えてなかった。 でも、この状況をどうにかしたかった清隆はもうヤケクソ気味にそう聞いた。 しかし、声に出してみると想像以上にありえなくて、何を言っているんだと思って自分で笑いそうになった。 ふと焔次を見ると目を見開き目を泳がした。 清隆は驚く。 「っ!そ、そんなわけないだろ!……お、俺は……」 そう言って焔次は、明らかに動揺した表情で後ずさる。 それを見た清隆は、焔次を引き寄せ自分からキスをしてみた。 深くは考えてなかった。 押してダメなら引いてみろというし、本当にヤケクソになっていだったのだ。 顔を傾け唇を重ねる、チュッとリップ音をさせ、どんな反応をするのかと焔次の目を真っすぐ覗き込む。 「焔次?……っ!」 焔次の瞳には驚きとそれ以上の熱が籠っていた。今まで、見たことがない表情に清隆は慌てて離れようとする。 しかし、焔次は我を忘れたような表情で、離れようとした清隆に噛み付くようにキスをした。 「清隆……!」 「っちょ……まっ」 明らかにいつもと違う。清隆は驚いて焔次を止めようとしたが、気が付いたら押し倒され、足を開かされ焔次の固くなったものが入ってきた。 今日は何度もしているはずなのに、そうは思えないほど固く滾った物が、勢いよく入ってくる。 焔次は苦しいくらいにキスし、腕を押さえつけるので、清隆は動けない。 「っ清隆……清隆……好きだ」 焔次は耳元でそう言って、夢中になってガツガツと腰を打ち付け始めた。 思った以上の反応に、清隆は唖然とする。 清隆はまさか本当だったとはとやけに、冷静に思う。 ふと隣を見ると草太と目が合った。いつの間にか、起きていたようだ。 草太は起き上がると、泣きそうな表情で、清隆を睨むとベッドから出ていってしまう。 「っ……草太!」 思わず手を伸ばしたが、焔次に抑えつけられているから、清隆の腕は空をかく。 焔次はそんなことも気がついていないようだ。 その間に、草太はあっという間に部屋から出て行ってしまった。 力ずくで焔次を引き離すことは出来たが、思ってもいなかった事実に清隆は呆然として、 それを見送ることしかできなかった。

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