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第22話 交換条件

「これやる」 翌日、清隆はそう言って焔次にシュークリームを差し出した。 「え?」 焔次は、驚いた顔して清隆の顔を見返す。 「昨日、悪かった……」 清隆は目線は逸らしつつそう言った。 昨日、クレープを落としてしてしまった事で草太に言われて色々考えたのだ。 確かに買ってきてくれたのに邪険にしたのは悪かった。 だから、清隆は考た末、コンビニでシュークリームを買ってきた。 「……俺に?」 焔次は驚いた顔をした。清隆は頷く。 正直、焔次にされた事を考えたら、謝るなんて納得なんて出来るわけない。 騙されて、レイプされて草太を盾に今だに好きなようにされているのだ。 許せるわけない。 でもクレープに罪はない。 焔次が買ってきたクレープは、近くにある美味しいと話題のクレープ屋さんのクレープだった。 甘いもの好きの清隆も一度食べてみたいと思っていた。ただお店の外観はかなりファンシーでいつも女子高生くらいの女の子が行列を作っているから、気後れして買ったことも無かったのだ。焔次がそれを知っていたとは思わないが、暑い中並んで買ってきたんだと思ったら。少し申し訳なくなった。 「要らないなら、いいけど」 因みにこのシュークリームは清隆のお気に入りのスイーツだ。安いのだがとても美味しくて、コンビニスイーツだから、男が買ってもギリギリ大丈夫なのだ。よく買ってる。 同じ物を返すのはなんだか納得いかなかったから、コンビニスイーツは丁度いいなと思った。 「い、いや。いる。食べる」 焔次は最初、固まっていたが、清隆がシュークリームを引ッ込めようとすると、慌てて清隆の手からシュークリームを奪い取る。そして、変なしかめっつらをして、大事そうに持ってどこかに行ってしまった。 「なんだ、あいつ……」 そう言って清隆は頭をかいた。もっと、何か言われるかと思ったが何もなくて意外だった。 そんな事があった数日後、清隆はいつも通り焔次の家に来ていた。 「あっつ……」 今日も外は暑く、日差しが射すようだった。 汗をかいた清隆は、まずシャワーを浴びようと思いながら焔次の家に入った。 いつも通り鍵を使って入り、そのままシャワー室に行く。 最近は頻繁に滞在するようになったからか、清隆の物が増えた。 いつの間にか各所に清隆専用のスペースが出来ていて、着替えや歯ブラシ、食器まで揃えられていた。 いつだったか何気なく映画でも観たいなと言ったら次の日、大きなスクリーンとプロジェクターが買ってあったこともあった。 焔次が買ってきたようだが、結局何も観ずに置かれている。 清隆は焔次が何をしたいのか相変わらず分からない、いつも酷いことしかしないのに気まぐれに物を買い与えようとする。それなら、草太にももうちょっと優しくすればいいのにと思う。 本当に俺たちのこの関係はなんなんだろうと思う。 不毛で無意味ですぐにでも止めればいいと分かっているのに、泥沼に嵌ったようにいつの間にか身動きが取れなくなってしまった。 そんな事をぼんやり考えながら、シャワールームから出て着替えていると、突然キッチンから大きな音と声が聞こえた。 『ふざけんなよ!どうしてくれんだよ!』 『ご、ごめん!』 その声と同時に殴られたような音と、何かが床に倒れた音がした。 清隆は慌ててキッチンに向かった。 音で予想は出来たが、キッチンに行くと案の定、草太が殴られて倒れていた。 「草太!どうしたんだ!?……おい、やめろ!」 草太が倒れてぐったりしているのに、焔次はさらに殴りかかろうとする。 清隆は草太に駆け寄り、間に入って庇う。 「っ……くそ!」 清隆が間に入ると、焔次は草太を睨みつけつつ、殴るのは止めた。 「どうしたんだ?何があった?」 最近、清隆が焔次に逆らわない事もあって、草太が殴られる事は少なくなった。 それなのに、一体何があったのか。 「こいつが悪い!清隆には関係ない……」 焔次は怒りが収まらないといった表情で言った。 「それでも、殴る事ないだろ」 「う、煩い!俺は悪くない!そいつが勝手に俺の物を捨てたんだ!」 「草太、何があったんだ?」 結局、何が原因なのか分からなくて、清隆は草太に聞く。 「ご、ごめん。もう要らないのかと思って……賞味期限も切れてたし……」 草太はそう言って、ゴミ箱に視線をむけた。 「賞味期限?」 清隆はそう言ってゴミ箱の方を見る。そこには、清隆がこの間、焔次に渡したシュークリームと同じものが捨ててあった。 「?あれって……」 気付いた清隆がそう言って焔次の方を見ると、焔次はみるみる顔を赤くさせて目を泳がした後。 「も、もういい!」 そう言ってキッチンから出て行ってしまった。 「なんだあいつ……っていうか、草太大丈夫か?」 清隆はそう言って草太を起す。草太の頬は殴られて痛々しい痕が付いていた。 「うん。大丈夫。失敗しちゃった……」 草太は少し悲しそうに苦笑しながら、殴られた頬を押さえている。 「血とか出てないか?見せて」 「本当に大丈夫だから」 「なんで、こんな事……」 「勝手に捨てちゃった、僕が悪いんだ」 草太はそう言って捨てられたシュークリームを見る。 清隆は複雑な気持になった。あのシュークリームはおそらく清隆が渡した物だ。 コンビニの物だからよく見るが、焔次の反応を見る限りそうだろう。 焔次はあれを食べずにずっと置いておいたのだろうか。 「……ごめん」 清隆は思わず謝った。 「?何で清隆が謝るの?」 「い、いや……なんでもない」 清隆は慌てて誤魔化す。理由を草太に言うのははばかられた。また草太に嫌われるのは嫌だ。 「あんなに怒るとは思わなかった……焔次くん、甘い物苦手なのになんであんなの買ったんだろう?」 「そ、そうなんだ。苦手だったんだ……。っていうかそんなことより、本当に怪我してない?」 清隆は誤魔化すように言う。 草太は、少し唇を切っていたが、幸いにもそんなに大きな怪我はしていなかった。 少し経つとなんとか立ち上がることもできた。 その後は少し痛そうにしていたが、料理を作ったりいつもいつも通りに戻った。 それでも殴られたところは、腫れて痛々しい痕が残っている。 それを見ながら清隆は、これは流石にどうにかしなければと思った。 「そうだ……」 その時、焔次がキスと引き換えに、清隆の言うことを聞いた事を思い出した。 「あれをもう一回やれば……」 清隆はそう考え。後日、焔次に提案をしてみることにした。 「……何でも言うことを聞く?」 提案を話すと、焔次は眉をしかめた。 「うん。でも一日だけ。その代わり……」 「草太を殴るなって?」 焔次の言葉に、清隆は頷く。 そう、清隆が提案したのは。清隆が一日、焔次の言う事をなんでも聞く変わりに、草太を今後二度と殴らないで欲しいというものだ。 「勿論、今後も俺はここには来る。いつも通り相手もする」 正直、何でも言う事を聞くという条件は嫌だ。何を言われれるかわかったものじゃない。 でも少し我慢すれば、草太に酷い事をしないなら、やらないよりいい。 もしかしたら、この歪んだ関係も何か変わるのではと思った。 「嫌ならいい……」 焔次は草太を殴ることで、すでに清隆は焔次の言うことは大体聞いているのだ。いまさらこんな案を出しても却下されるだろう。 清隆はそう思ってやっぱりダメかと引き下がろうとした。 「いやっ……する」 焔次は慌てたようにそう言って、引こうした清隆の手を掴む。そうして「その、条件乗った」と続けて言った。 そう言って焔次の笑った顔を見て清隆は少し後悔した。 ——次の日、清隆は焔次に呼び出された。 清隆が向かうと、焔次はマンションの駐車場に連れていかれる。 焔次はその中にある一台の車に乗った。 「車なんて持ってたんだ」 「ああ、免許取った時、親が勝手に買ったんだ。たまにしか使わねーけど……」 焔次はそう言った、少し暗い顔をしたのが少し気になった。 車は誰でも知っているようなメーカーの、派手なスポーツカーだ。清隆はあまり車に詳しくないが、そんな清隆でも知っていた。 「これで、どこかに行くのか?」 「ああ、とりあえず乗れ」 焔次にそう言われ、清隆は言われた通りに車に乗った。 何でも言う事を聞くと約束が、これから始まるのだろう。 「まさか、こんなことになるとは思わなかった……」 清隆はひとり呟く。 焔次の事だから一日部屋に閉じ込められて、セックスしたいとか言われるんじゃないかと思っていたのだ。 「うん?なんか言ったか?」 「い、いや。何でもない……」 清隆はそう言って誤魔化す。とりあえず約束してしまったからには、何があってもいいように覚悟はしておかなくては。 そうして、焔次は車を出した。 どこに行くのかと思ったら、そこは景色のいい海岸線にある、レストランだった。 「ここの店で、ランチ食おうぜ」 そう言って着いた店はおしゃれな外観のイタリア料理屋だった。中に入ると予約を取っていたのか景色のいい席に案内された。 「こんな高そうなの俺、払えないぞ……」 店名をよく見ると、雑誌やテレビでよく見かける有名な店だった。美味しいことも有名だがその分お高い店でもある。 清隆は焦る、かなり特別な時じゃないと行く事もない店だ。 すると、焔次は少しむすっとした顔になった。 「大丈夫だよ、清隆に払わせたりしねーし……」 「え?でも……」 清隆は大丈夫と言われても複雑な気持になる。何だか借りを作っているようで微妙な気持ちだ。 「いいから、気にすんな。今日は俺の言う事を何でも聞くんだろ。黙って言う通りにしてろ」 「分かった……」 そう言われてしまっては清隆は何も言えない。仕方なく清隆はメニューを見て、注文を済ませる。メニューに書かれている値段は案の定高く、清隆は本当にいいのかと困惑した。 料理を待っている間、二人の間には変な沈黙が流れる。 正直、何を話していいか分からなかったし、焔次も何も話さないから会話なんて生まれない。 しかも向い合せに座ったから、何となく気まずい。清隆は視線を合わせたくなくて外を見た。 「うわ……綺麗だな」 清隆は思わず言った。そこには、太陽の日を浴びてキラキラ輝く真っ青な海が広がっていた。 大きなラウンジのあるその席から見える景色は、有名になるのも分かる絶景だったのだ。 どこまでも続く水平線、見渡す限りの真っ青な海と真っ青な空、きらめく波間に白いヨットやサーファーが漂っている。二人でいることも忘れて、清隆は魅入ってしまう。 「ああ、そうだな……」 思わず言った言葉に、焔次が答える。まさか、答えると思っていなくて、清隆は焔次の方を向く。 何故か焔次はこちらを見ていた。 「っ……」 その視線が、あんまり真っすぐで清隆は慌てて目線を戻した。 二人っきりだからなのか、いつもと雰囲気が違って清隆は戸惑う。 「……あのさ、今日は何でもするって言ったけど。何するんだ?予定は決まっているのか?」 清隆は戸惑いを誤魔化すために言った。 「その時になったら言う」 焔次は素っ気なく、そう言って答えない。 「……でも、無茶な事を言われても出来ない事もあるぞ」 焔次のことだから、突然無茶な事を言いそうだ。教えてもらっておけば心の準備も出来る。 「わかってるって」 焔次は少しムッとした表情で言う。 「まあ、約束だから。出来るだけ頑張るけど……」 「そうだ。早速、してもらいたい事がある」 「何?」 「名前……」 「名前?」 「今日は、下の名前で呼べ」 「下の名前……ってそんな事?」 清隆は戸惑う、もっと変な事を言われると思っていた。 「いいから、呼べ」 「えーっと、焔次?でいいか?」 そう言えば清隆は、焔次を下の名前で呼んだ事がなかったなと思いながら名前を口にする。 「っ……ああ」 しかし、焔次は清隆が名前を呼んだ途端、ちょっと顔を赤らめた後固まって動かなくなった。 呼べと言ったのに、変な反応で。清隆はやっぱり焔次が何をしたいのか分からないなと思う。 微妙な時間が続いたが暫くすると料理が来た。清隆は少しホッとしながら黙って食べ始める。 食べる物があれば取り合えず間は持つ。 今日一日、我慢すればいい。清隆はそう思って覚悟を決めることにした。 男二人黙ったまま、あらかた食べ終わった頃、最後のデザートが来た。 「あ、これ美味しい!」 料理も美味しかったが、最後に出たスイーツが特に好みだったのだ。甘くて美味しいのにしつこくなくてあっという間に口の中に溶けてしまう。 甘い物が好きな清隆は、思わず声を零し顔がほころんだ。 「あ……」 しかし、ずっと黙ってたのに思わず声が出て、恥ずかしくなった。 慌てて焔次の方を見ると、何故か手で顔を覆ってあらぬ方向を見ている。しかし、よく見ると耳が真っ赤だ。 清隆はどうしたんだろうと思いつつ、焔次が気付いていないようでホッとして続きを食べ始めた。 相変わらず清隆は焔次が何をしたいのか、今日一日何をさせられるのか分からない。でも約束したのだ、仕方がない。 清隆は前途多難だと不安になったが、ランチは無事終了した。

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