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第25話 亀裂

清隆は真っ暗な湖を覗き込んだ。何で、ここにいるのか、なんで湖を覗き込んでいるのかは分からなかった。 しかも、水面には何も写っていない。 清隆はそれでも水面をぼんやり眺めていた。ぴちゃぴちゃと水音だけが辺りに響いている。ふと清隆は手からポロポロと落ちているのに気が付いた。 不思議に思ってよく見ると、体がボロボロになって落ちていたのだ。 何でこんな事になっているんだと驚く。その時、さっきまで真っ暗でなにも写っていなかった水面に自分の姿が映っていた。 水面に自分が映るなんて、普通のことなのに清隆は驚く。 なぜなら映った自分は笑っていたのだ、しかも不気味に歪んでいて、なんだか不快な気持ちになる。 そこで清隆は目が覚めた。 起き上がると清隆は汗だくだった。 「変な夢だったな……」 しかし、起きた途端に記憶が曖昧になって、どんな夢だったか思い出せなくなっていた。 ただ、なんだか怖かった記憶が残っていて、気持ち悪い。清隆は汗を拭う。 「あっ……とそんなことより、草太から連絡……」 慌てて清隆は、枕元に置いていたスマホを確認した。 「今日も無い……」 清隆は今、自分の家にいる。 焔次と一日なんでも言う事を聞くという約束で、一日過ごしてから数日経った。 色々あったがなんとか終わってホッとしたのも束の間。 何故か、草太が焔次の家に来なくなったのだ。 何か変だと思って、メールや電話は何度もしているが何の反応もない。 清隆はため息をつくとベッドから出て、大学に行く準備をする。 草太のことは、大学でも周りに人間に草太の事を聞き回っている。しかし、今のところ何の手がかりもない。本当に突然連絡が取れなくなった。 清隆は嫌な予感がして慌ててそれを打ち消す。 「大丈夫……」 ただ、タイミングが悪かったとか、なにか事情があるのかもしれない。 清隆はそう思い直して大学に向かった。 いつも通り授業を受け、大学が終わると清隆は度は焔次の家に向かう。 焔次の家に着いたが、やはり草太は見当たらない。 「焔次、草太は?」 「はぁ?知らねーよ」 焔次に聞いたが、面倒臭そうに言うだけだ。 「知らないって……最近、全然来ないんだぞ、何かあったのかもしれないのに……」 「何かって……子供じゃないんだから大丈夫だろ。それより、しようぜ」 焔次はそう言って清隆の手を掴み寝室に連れて行こうとする。 「っするわけないだろ!離せ」 「なんだよ、いいじゃん」 「それより草太に連絡してくれ!」 焔次の態度に、清隆はイライラしながら言った。 草太は焔次の言うことは聞く。だから、焔次が連絡すれば来るはずだ。 勿論ここ数日何度も連絡はしてもらっている。しかし、それでも草太は来ないのだ。 「……なんだよ。俺はちゃんと草太に連絡したし、来いってメールした。そのうち来るだろ?」 焔次は不満そうに言う。 「そのうちって。そう言ってて、何日も来てないから心配してるんだろ!」 清隆言い返す。今日も何も変わらない状況に焦る。 なんでなんの音沙汰もないのか分からない。何か事故や事件に巻き込まれてしまったんじゃないかと、嫌な予感がする。 とりあえず清隆はリビングでしばらく待つことにした。焔次と寝るなんて問題外だ。 焔次は、不満そうな顔をしたが諦めたのか、清隆に言われた通り、草太に連絡を取るためにスマホを取り出した。 一時間後。 「……っくそなんで繋がらないんだ」 焔次は焦ったようにそう言った。相変わらず草太には繋がらないようだ。 「やっぱり、変だ。今日は帰る」 清隆はそう言って立ち上った。焔次にがこんなに連絡しているのに、電話にも出ないなんておかしい。 「ちょ、ちょっと待てよ。もうちょっと待てば来るかも。もう一回連絡してみるから、もうちょっといろよ」 焔次は焦ったように言って、清隆の手を取る。 「離せ!」 清隆はその手を振りほどく。 「っ……な、なんだよ……」 焔次は傷ついたような表情になる。 しかし、清隆はそんな事にかまわず荷物を持って玄関に向かう。 「清隆!待って、行かないでくれ。何もしないから、居るだけでいい、……そうだ、映画見ようぜ。入れ替わりになるかも、ここで待ってたほうが……」 「……じゃあ、行くから」 清隆は冷たくそう言って玄関に向かう。 「清隆!」 焔次は慌てたようにそう言って、清隆を追いかける。 しかし、清隆はそのまま家を出た。 「草太……どこに……」 清隆は、なんの知らせも映さないスマホの画面を睨む。 草太の友達も清隆は探して聞いてまわった。しかし元々草太には友達が少ない。しかも焔次のせいで孤立していたせいで、聞いても最近喋ってもいないと言われて終わってしまった。 一応なにか分かったら、連絡が欲しいとは言ってあるものの、案の定連絡はない。 いよいよ八方塞がりだ。 「そうだ!あのバイト……」 一度、草太が風邪で倒れた時、清隆は代わりにバイトに行ったことがある。 その時、割と誰とでも仲良くなれる清隆は、他のバイトとも友達になったのだ。 草太はそこまで裕福ではないみたいだし、大学は休んでもバイトは休まない気がする。 そう思った清隆は早速そのバイトの友達に連絡をとった。 「草太は今日、出勤してる?」 『ああ、今日も入ってるよ』 「本当か?」 『うん、最近は時間があるからって、ほとんど毎日入ってるよ』 「ありがとう!」 こうして、草太の情報を手に入れ、清隆は草太をバイト先で、待ち伏せることにした。 待つこと数時間、バイトが終わったのか草太が店先から出て来る。 清隆は前と変わりのない姿に、とりあえず事故や事件に巻き込まれたんじゃないと分かってホッとした。 「草太!」 「清隆?」 清隆が草太に声をかけると、草太は驚いた表情で顔を上げる。 「草太。会えて良かった、焔次の家にも来ないし連絡もないから何かあったのかと思った」 清隆はそう言って草太に近づく。 草太は相変わらず可愛くて、清隆は思わず抱きしめたくなった。 数日会えなかっただけだが、ずいぶん久しぶりな気がする。 すると、草太は気まづそうな表情になった後、すぐに視線を伏せた。 「何で、来たの?」 そう言った草太の声は、なんだか固くて冷たかった。 「何でって……どういう事?」 清隆は、何で草太がそんな事を言うのかわからない。草太はどんなに、焔次に邪険にされても呼び出されればすぐに来ていた。それなのに急に来なくなったのだ。 おかしいと思うのは当然だ。 「どういう事って、決まってるじゃん。清隆、焔次くんと両想いになったんでしょ?」 「は?な、なんの……」 「あの日、見たんだ。清隆、焔次くんに好きって言ってたの聞こえた」 清隆は一瞬、何を言われているかわからなかった。 しかし、すぐに思い至る。 草太が言っているのは、清隆が焔次に何でも言うこと聞くと言った日の事を言っているのだ。 確かにあの時、焔次に言った。しかし、言えと命令されただけで本気じゃない。 清隆は焦る。 「な、何で……」 「あの日、焔次くんには来なくていいって言われてたけど、いつも使ってるペンが無くて探しに来たんだ……そしたら偶然……」 清隆は草太のその言葉で。そういえばあの時、不自然な物音がしたのを思い出した。 有耶無耶になって忘れていたが、あれは草太だったのか。 清隆は慌てて誤解だと説明しようとする。 「ち、違う。りょ、両想いじゃ……」 「じゃあ、何?好きじゃないのに裸で抱き合って好きなんて言ったの?それに、いつの間にか名前で呼び合ってるし……」 「そ、それは……」 清隆は言葉に詰まる。焔次と両想いなんてなってない。 しかし、清隆は躊躇してしまった。 草太のためにやったなんて、理由を話したら草太はきっと怒る。 これ以上草太に嫌われるのは嫌だ。そう思ったら言葉に詰まってしまった。 「説明出来ないってことは、やっぱり本当なんだ……」 草太はショックを受けたように言った。 「ち、違……」 「いいよ、もう。……そりゃそうだよね。焔次くんはカッコいいし好きになるのは当然だよ。って言うか焔次くんが僕なんかを好きになる訳ないから、最初っから望みなんかなかったし。こうなる事は分かってた……」 草太は自嘲気味に言ったが最後の言葉は震えていた。 「草太、聞いてくれ……」 清隆は何とか誤解だと説明しようとしたが、草太は遮るように言った。 「おめでとう。よかったね。……好きな人が幸せになるんだから……僕も…嬉しいよ……」 草太は俯いてそう言った、声は掠れて途切れ途切れだ。 「草太……」 「でも、流石にそれを近くで見るのは……辛い。だから、安心して。もう焔次くんの家には行かないし。邪魔もしないから……」 草太はそう言ってその場から離れる。 「ち、違う!草太、話を……」 清隆は慌てて追いかけ手を掴む。しかし、草太はそれを振りほどく。 「お願い……本当にもう、僕の事は放っておいて……」 草太の声は、擦れて目には光るものが流れた。 そうして清隆が何か言う前に、走って行っていく。 清隆は、唖然としていて草太を追いかけることも出来なかった。 「草太……」 ——次の日、清隆はぼんやりと大学の食堂で座っていた。 頭の中は昨日の事でいっぱいだった。あの時、どうすれば良かったのか、これからどうすればいいのか。 なんとか、誤解を解きたいが草太のあの表情を思い出すと、今更本当の事を言っても遅い気がする。 絶対に喜んではくれないし、最悪本当に嫌われてしまう。 かと言って他に言い訳も見つからない。 なんで焔次にあんな取引を持ちかけてしまったのか、後悔する。 草太は泣いていた。思い出すと胸が苦しくなる。 あんな風に泣かせるつもりなんてなかった。 時間が戻せるなら戻したい、あんな歪んだ関係でも近くにいれる方が100倍良い。 なんとかもう一度草太に会って、すがりついてでも戻ってきてくれとお願いしようか。 「清隆、どうしたんだ?元気ないな」 「え?ああ、大丈夫だよ」 考え込んでいたからだろう、友達が心配そうに話しかけてきた。 よほど様子がおかしかったのか、他の友達も心配そうな顔だ。 「でも、最近本当に清隆ちょっと変だよ。元気ない事が多い気がするし、飲み会もあんまり参加してない」 「そうだよね。なんか付き合いも悪くなった気がする……」 「そういえば、珍しく授業もサボったりもしてなかったか?」 「本当に大丈夫?清隆なら少しくらいサボっても大丈夫だと思うけど、何か悩み事があるなら言ってくれよ」 友達が次々に言い始めた。 清隆は慌てる。 「ほ、本当に大丈夫だよ。ちょっと体調が悪くて……えーっと、それに飲み会はちょっと用事があって。それはごめん……」 そう簡単に説明はできなから、なんだか歯切れが悪い感じになってしまった。 普通に過ごしていたつもりだったが、色々見られていて焦る。なんとか元気に見えるように笑ったがそれでも、友達は心配そうな表情だ。 「そういえば、草太……だっけ?あいつ大学やめるみたいだね」 「え?」 友達の一人がついでのように言った。 清隆は驚く。 「大学の事務所で退学の話をしてるのを聞いたんだ。俺も立ち聞きしただけだけど、手続きの話をしてた。数日で受理します、とか言ってたから確かじゃないかな?」 「草太って、清隆が探してた奴?清隆、知らなかったの?」 友達は意外そうに言った。 清隆は頭が真っ白になる。 「し、知らない……」 まさか草太がそこまで本気で離れようとしているとは思って無かった。 「え?あんなに清隆に良くしてもらってたのに、何も言わないとか。草太って酷くないか?」 一人の友達が眉を潜め言った。 すると、他の友達も同調するように言い始めた。 「ゲイだって、噂流れてて居ずらくなったのかもしれないけど。せっかく清隆が話しかけてあげてたのに、嬉しそうじゃないし……」 「本当、酷いよね。ひとりじゃ可哀想って思って、話しかけても話しは広がらないし、なんか暗いし……」 「私も、なんかいい気になって。清隆の事、利用してる感じがしてたから嫌いだった」 「ちょ、ちょっと待って。草太はそんなこと……」 清隆は慌てる。草太はそんなことしてない。話しかけたのも。清隆の自己満足だった。 それでも友達の言葉は止まらない。 「男を襲ったって噂だけど、他でももっとしてたのかも……氷山の一角ってやつ」 「ああ、真面目そうに見えてたけど、裏では結構遊んでるってやつ?……ゲイってなんかそんなイメージだし。清隆、良かったじゃん、そんな奴と離れられて」 「そうだよ、関わらない方が清隆にとっては良かったのかも」 みんな嘲笑するように言う。 「うるさい!」 清隆は思わず怒鳴って立ち上がった。友達は驚いた顔で清隆を見上げる。 大きな声だったので周りの人間も清隆を見ていた。 「清隆?どうしたんだ?」 「っ……ごめん。俺もう行くわ……」 流石にやりすぎたと思って、清隆は慌てて立ち上がると。まだ、食事が残っているトレーを持ってそこを立ち去った。 歩きながら、清隆は呟いた。 「草太……」 まさか、草太が大学を辞めるとは思ってなかった。大学で草太に会えるんじゃないかという希望も無くなってしまった。 このままじゃ駄目だ。そう思った清隆は俯く。 「なんとか……しなくちゃ……」 清隆は、体がザラザラと壊れていく夢を、何故か思い出す。 「草太……」 そう呟くと、清隆は何かを決意した表情をして何処かに歩き出した。

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