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 ぐち、ぬち、と淫猥な水音が響く。視界を奪われ、鋭くなった聴覚すらも犯されているような感覚に息が上がった。  意地でも声なんて出してやるものか、と噛み締められた唇は赤く滲んでいる。殴られた頬は熱を持ち、じくじくと痛んだ。 「うんうん、いい眺めだねー!」  上機嫌な声色に嫌気が差す。肌に玉のような汗が浮かんでは流れ伝い、腹部がぴくぴくと痙攣を繰り返した。  腹の奥でヴヴヴと震え、バイヴ音を鳴らすそれにもどかしい快感を呼び起こされつつあった。  視界がぐらぐらと定まらず立つこともままならなかったユウに目隠しを施し、裸に剥いて右の手首と足首、左の手首と足首でそれぞれ拘束をした男たちがとても手慣れており、そこでようやく母がとても面倒な輩に手を出したんじゃないかと言う考えに至った。  こういう奴らは下手に抵抗すると厄介な方向にしか行かないと学習済みだ。…だったはずが、今の様である。  楽しそうにユウを弄ぶ男が二人。残りの二人はリーダーの奴に外で見張りを命じられていた。  だんだんと息が荒くなり、このままだはマズイと、逃げる算段を企てるがまずどうにかしなければならないのは手足の拘束だ。次に部屋の外で見張りをしている男ふたり。  母は、まだ帰ってこないだろうか。熱に浮かされる頭は母親の心配ばかり。――犯されて、殺されてしまう?  いっそ死んでしまうのもいいかもしれない。だが、その前に、この男共に報復してからでなければ。  目隠しの下、人よりも薄い色素の瞳をギラりと光らせたユウは、ただでヤられる青年じゃあなかった。 「ね、いい加減声出してくんなきゃつまんねぇんだけど」  ゆっくりと、男が近付いてくる。大事なのはタイミングだ。息を潜めろ。音を聞き漏らすな。……三、二、一! 今だ!  ガツンッ  額に響いた鈍痛に小さく呻き声が漏れそうになるのをこらえ、手足の拘束から無理やり脱出を図る。キツく頑丈に縛られていたとしても、急ごしらえの衣服じゃあ抜け出すのは簡単だった。  無理に捻った手首が痛むが気にしていられない。目隠しをずらし、まさか拘束から抜け出されると思ってもいなかったらしいもうひとりのガタイの良い男に転がっていた灰皿を投擲する。  リーダー格の男は頭突きをされ、怒鳴り声を上げようとした喉を踵で蹴り上げられ後ろへ転がった。イイ様だ。本当なら金的でもしてやりたいが、今は逃げるに越したことはない。  数十分とはいえ、同じ体勢を強いられていたせいで震える足を叱咤して、母の部屋へと駆けこんだ。――唯一、鍵のかかる部屋だ。  裸のまま、勢いよく扉を閉めて鍵をかけた瞬間、扉が物凄い音を立てた。ガシャン、とか、ドゴッ、とか。口汚い罵声と怒声を聞こえないふりをして、母の部屋を見渡した。  足を踏み入れるのは何年ぶりだろう。 「ッ、く、そ」  鍵のかかった部屋、と安心したら下腹部の奥に感じる異物を意識してしまった。きゅう、と閉めつければつるりと丸みを帯びたそれを余計に意識してしまい、力を抜いて体内から出そうとすれば降りてくる感覚に鳥肌が立って余計締め付けてしまう。悪循環だ。  鍵がかかっているとは言っても、大の大人四人が強硬手段に出れば簡単に破られてしまうだろう。  ごめんなさい、と胸中で母に謝り、男の自分が着ても違和感のない服を物色する。片づけの苦手な母の部屋は床やテーブルに衣服が積み重ねられ、隅にはヒールの高い靴や高そうな鞄がいくつも放り投げられていた。  仕事で着る服の山からずれたところに、私服が散らばっている。黒いスキニーに、大きめの白いニットを着る。下着は仕方ないとして、腹の奥に異物を抱えたままというのに酷い違和感を感じたが、今ここで出していれる時間はない。どこか、公園のトイレにでも籠ればいいと楽観的に考えた。  母はワンピースのように着ていたニットはユウが着れば尻を隠すくらいの長さになった。姿見を一瞥して、うん、と頷く。薄い色素の髪と瞳の見慣れた自分が映っている。違和感はないはずだ。 「出てこいやゴルァッ!」  今までよりも強く殴打された扉を蹴り返し、窓を開けた。夜の冷たい風が頬を撫でた。  舌を打ち、仕方ないと窓枠に足をかけた。六階建てのマンションの四階の角部屋。そこがユウと母の居住区だ。  素足なのは致し方ない。迷っている場合でもない。運動神経は悪いほうじゃない。そこからはもう迷わなかった。  昔見たスパイ映画の主人公のように、窓から飛び出した。目指すは隣のビルの屋上。一階分低いビルの屋上は思ったよりも固く、飛び降りた勢いを殺しきれず無様に転がってしまう。  足の裏が擦れたかもしれないが気にしていられない。パルクールでもできたならもっと恰好がついたかもな、と独りごちた。  すぐに立ち上がり、屋上の出口へ向かう。振り返れば、唖然とこちらを見る男たち。  ざまあみろ、べーっと子供みたいに舌を突き出したユウは全速力で夜の街へと駆けだした。

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