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 柔く頭を撫でる感触に、ユウは眠りから目覚めた。 「――かあ、さん……?」  そんなことあるわけないのに、と思いながらもこぼれてしまった小さい小さいその呟き。  言葉が聞こえた手の主は、ぴたりと動きを止めて離れていった。 「目が覚めたみたいだね」  耳障りの良い声にぬかるみに沈んでいた意識が浮上して、勢いよく起き上がる。  次いで誰とも知れぬ輩から距離を取ろうと足に力を込めた瞬間、情けなく尻もちをついた。 「おはよう。よく眠れたかな?」  その男は墨を垂らしたみたいな真っ黒い髪に、紅茶色の瞳を湛えた美丈夫であった。 「な、な、だ、え、」  真っすぐ見つめてくる紅茶色に居心地が悪く、くるくると視線が定まらない。 「ダメだよ、挨拶はきちんとしないと」  混乱しているユウが見えていないのか、けれどもまっすぐに目を向けてくる美丈夫はゆっくりと手を伸ばしてくる。  かさついた、大きい大人の手。 「く、来るなッ」 「でも挨拶はきちんとしないと。親御さんはそこらへん躾けてくれなかったのかな?」  ひゅ、と喉の奥が変な音を立てた。 「うるさい、うるさいっ! 誰だよアンタ! なんで俺は、」 「こら。挨拶はきちんと、ね」  伸ばされた手が、届いてしまった。  最初は優しく、柔らかく。喉を撫でていた大きな手に力が籠もり、耳の下あたりの柔らかい部分を徐々に圧迫していく。  苦しくて苦しくて、両手で手のひらを引きはがそうと爪を立てるがびくともしない。 「あ、ッ……はっ、くはっ、ぁ、ァ、」  鯉みたいに口をパクパクさせて、口の端から唾液を垂らし、みっともなく酸素を求めた。 「や、っ……! ……ッ!」 「そこまでにしとけよ、篠」  パ、と急に手を離され、重力に従って畳の上に頽れる。 「はっ、はっ、ぁっ、けほっ、ふ、は、」  胸が大きく上下して、その背中をさすってくれるのは篠と呼ばれた美丈夫。  アンタのせいだ、と睨みつけたいが今は呼吸を整えているので精いっぱいだ。 「おはよう。気分はどうだ?」 「……、……ぉ、はよ、ございま、す」 「うん。えらいえらい。ちゃんと挨拶できていい子だね」  柔らかく、乱れた髪を整えるように頭を撫でられる。それ以上は口を開かなかった。  呼吸が整い、落ち着いたユウはじろりと険しい目つきで不審者ふたりを見る。  後からやってきた男は、夜、結果的に助けられることになってしまったあのド派手な男だ。脱色でもしてるのか、真っ白い髪が眩しく、笑みに歪められた瞳は色素の薄い、透き通った血の色(あか)。  ――同じだ、と思った。

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