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極道とウサギの甘いその後1−1
賑やかな酒宴を邪魔しないようにそっと辞して、長い廊下をのんびりと歩く。
縁側からは、美しく管理されている日本庭園が月に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出していた。
本日は屋敷の方で宴会があり、湊もそれに参加させてもらっていた。
松平組の人達は仲が良く、本当の家族のようだ。
組長である松平金その人は宴会のような賑やかな場所が好きなようには見えない物静かな人だが、酒が好きで、特に理由もなく酒宴が開かれるのが日常だと竜次郎がぼやいていた。
賑やかさとはかけ離れた家庭に育ち、同級生との飲み会のようなくだけた酒席にも今まで縁のなかった湊にとって、フリーダムに酒を飲む人々というのは新鮮で、見ていて楽しい。
自分もその輪の中に入れることが、とても嬉しかった。
広い玄関から一度屋敷を出て、同じ敷地内にある隣の家へ。
そこが、今の湊の住処だ。
『竜次郎の家』と言うと、「『俺たちの』だろ」と訂正されてしまうのだが、この場所を『自分の家』と言い切れるようになるには、もう少し時間が必要だった。
慣れた寝室へと戻ってくると、巣穴に戻ってきた小動物のようにホッとしてしまうのは、日々、この場所でたっぷりと甘やかされているせいだろう。
行儀悪くそのままふかふかの布団に寝転がると、今日は『SILENT BLUE』から帰ってきてすぐに宴会に参加したから寝る前に風呂に入りたい、という欲求が脳裏を過ったものの、起き上がるのが億劫になってしまい、うとうとしはじめる。
すうっと心地よい眠りに堕ちていく途中、遠くに足音を聞いたと思ったら襖が開く音がして「湊お前」と少し呆れたような声に、強引に引き戻された。
「せめて布団くらいかけて寝ろよ。ほら、一回起きろ」
腕を引かれ起きるよう促されたが、そのまま竜次郎の方へとしがみつくように倒れかかった。
「おいこら」
制止の言葉が聞こえたが、たくましい腹筋に顔を埋め抱きつく。
「……寝ぼけてんな。布団はこっちじゃねえぞ」
「…………お風呂、はいる」
「布団に突っ伏すくらい疲れてんだから明日にしとけ。俺ももう寝るから、一旦手ェ離して布団入れ」
あやすようにとんとんと二の腕を叩かれるが、慣れた体温は先程倒れこんだ布団などよりもずっと手放しがたくて、夢うつつに首を振った。
仕方がねえな、と苦笑が降って、一瞬体が浮いたような気がしたかと思うと、竜次郎に抱き込まれて、布団の中。
離れない体温にとても安心して、息を吐きだすと、湊は今度こそ深い眠りにさらわれた。
目が覚めた時、壁にかかる時計を見ると七時を少し過ぎたところだった。
起きてしまうか、もうひと眠りするか、微妙な時間だ。
昨晩の宴会はそれなりに盛大だったので、今頃はつわものどもが夢のあと、片付けるものが山のように転がっていて、日守辺りは既に起き出して今日という日を滞りなく始めるために掃除を始めているかもしれない。
「(起きよう……かな)」
そっと巻き付いている腕を外し、起こさないようにそっと布団を出ようとしたのだが。
「……湊?」
もう朝か?と問いつつも、起きようとする気配のない竜次郎の腕の中に再び引きずり戻されてしまう。
「……ごめん、起こした?」
「……いや……」
半分寝ているような声音に少し笑いながら、離してほしいという意図を込めて軽く腕を叩く。
「まだ七時だから、竜次郎は寝てて平気だよ。俺はシャワーも浴びたいし、昨日の片づけを手伝ってこようと思って」
身を起こそうとしたのだが、がっちりとホールドされていて動けない。
竜次郎?と問いかける声は、短い悲鳴に変わった。
「ひゃっ……ちょ、竜次郎……っ」
首筋に顔を埋め、そこを甘く噛まれたと思ったら舐め上げられ、そのまま這い上がる唇に耳朶を弄ばれる。
戯れのような行為にも湊の体は簡単に反応してしまい、体勢を入れ替えられ、組み敷かれた体の中心に既に臨戦態勢のものを押し付けられてびくっと体を揺らした。
「っ……りゅ、りゅうじろう、…っ俺の話、聞いてた……?」
ここで放り出されるのも辛いのだが、今抱かれてしまうと今日一日その余韻を引きずるんだろうな、だとか、日守は働いているかもしれないのに、だとか、現実という名の理性を捨てきれなくて、一応、弱々しく肩を押し戻そうとしても、むしろそんな微かな抵抗は相手を煽る効果しかなかったようで、強引に降ってきた唇が抗議を封じ込める。
「んっ……ん、んぅ」
熱い舌がじっくりと味わうように口内を辿っていく。舌の付け根が痛くなるほど強く吸い付かれ、頭がくらくらして涙が滲んだ。
「っあ……」
息が苦しいのに、解放されると強請るように見上げてしまう。
涙でやや歪んで見える視線の先の男は、悪げな笑みをたたえていた。
「昨夜はかわいがってやれなかったからな」
湊がここで暮らすようになって以来、眠るためだけの用途で寝室が使われた日は、非常に少ない。
無論、湊自身よりも湊の健康には神経質な竜次郎なので、毎日最後までするわけではない。
それでも、湊がこのまま起きれば、昨晩(部屋に戻ってきた時点でとっくに日付は変わっていたとはいえ)は、その数少ない珍しい一晩となるのだが。
「お前も、欲しいんじゃねえのか……?」
二人の間にするりと入り込んだ手が、飢餓感を煽るようないやらしさで腹を撫でまわし、湊の逃げ道を奪っていく。
募るのは、快楽への期待ばかりではない。
愛されたい。求められたい。
自分にとって唯一の存在である、竜次郎だけのものにされたいという欲望だ。
「……竜次郎……っ」
我慢できなくなって切望の手を伸ばせば、相手からもまた同じ想いを注がれ、湊はただそれに溺れた。
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