「いや、やっぱこっちだろ」 「おめーどこに目えつけてんだよ。こっちに決まってんだろ」 「んだとゴラァ！」 「やるか、アァッ！？」 　何やらヒートアップしていく太い声に、湊は茶を淹れる手を止めて二人の様子を窺った。 　『SILENT BLUE』での仕事の後、迎えに来てくれたマサから竜次郎はまだ戻っていないと聞いたので、一人で家にいるよりも事務所で待ちたいと告げ、そのまま車でここまで送ってもらった。 　一人でいるよりも賑やかな事務所にいる方が楽しい。 　竜次郎は自分が不在の時に組の男達と接触することにあまりいい顔をしないが、湊が寂しがりで一人でいるとろくなことを考えないことはよく知っているので、最近はこんなふうにお茶汲みをすることを黙認してくれている。 　心配しなくても松平組の人達はみんな湊に優しい。 　お茶を淹れて雑談をして、こっそり竜次郎の武勇伝を聞いたりするのがここ最近の楽しみだった。 「そもそもお前とは前から合わねえんだよ！」 「はあ？それはこっちのセリフだっつーの！」 　湊がこれまでの経緯をおさらいしている間に、対立はますます激化して来ている。 　マサは湊を事務所に送り届けると今度は竜次郎を迎えにいくと言って出て行ってしまったし、代貸である竜次郎もその次の立場にいる日守も不在の事務所内で喧嘩は困る。湊は水を差すことを決意した。 「どうしたんですか？」 「あっ………湊さん」 「い、いや、これは……！」 　声をかけると、揉めていた二人の男は机の上の何かを隠すようにして振り返った。 　喧嘩を見咎められたことよりも、その原因の方を隠すような態度に、何だろうとその後ろをのぞき込む。 「ちょ、それは湊さんの見るようなもんじゃ……！」 　置いてあったのは車内広告でよく見るような週刊誌で、開かれていたページには扇情的なポーズの女性が載っていた。所謂、グラビアだ。 「綺麗な人ですね」 　手にとってパラパラとめくると、もう半分は違う女性のページだった。 　知らない名前だが、どちらの女性が綺麗かで喧嘩になったのだろうか。 「あの……湊さんは女もイケるんすか？」 　興味深く拝見していると、どんな反応をされると思っていたのか、二人はひどく驚いた顔をしていた。 　不思議に思ったが『嫁』などと呼ばれているのだ。そういう反応にもなるかもしれない。 「かわいい女の子は素直にいいなあと思いますけど。そもそも俺は別に恋愛対象が男性ってわけじゃないので」 　男二人の驚愕の表情に、苦笑が漏れる。 　形状としては女性の方が好ましいと思う。男性の肉体に過剰な憧れや劣情を抱いたことも特にない。 　だからといってこういったものを見ても別段興奮しないので、既に『女もイケる』わけではなくなっているのかもしれないが。 「湊さんはまあ……女には不自由しないでしょうね……」 　驚きが去って、納得の空気が広がる。 　そんな風に見えるのだろうか。 　学生時代、同級生の女子とはそれなりに仲良くしていたが、男として意識されていたかどうかは微妙なところだ。 　湊は人の話を聞くのが好きだったので、話すことが好きな女子には聞き手として便利に使われていたような気がする。 「とりたててモテた覚えもないですけど……。それで、どっちの子がかわいいかで揉めてたんですか？」 　話を戻すと、二人に再び憤怒の表情が蘇った。 「「そうなんすよこいつが………」」 　同時に互い差した後、「チッ」「ケッ」とそっぽを向く。 　中々、深刻だ。 　どうすると二人は納得できるのかなあと思っていると、そうだ、とアロハシャツの方（ヤスと呼ばれている）が突然湊にキラキラした視線を向けてきた。 「湊さんはどうすか！？どんなのが好みのタイプなんですか！？」 「え？」 「そうだ、聞かせてくださいよ！」 　戸惑っていると、派手な柄のＴシャツの袖を肩までまくった方（フクと呼ばれている）も賛同した。 「おい、湊さんがいいっつった方の勝ちだからな！」 「おう！ここは民主主義的に多数決だ！」 　そんなことを言われるとものすごく答えにくいのだが……。 　この事態を一体どうしたものかと、湊は天を仰いだ。