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極道とウサギの甘いその後4-1

 磨りガラスの引き戸を開けて湯煙の向こうに見えるのは、成人男性が五、六人は入れそうな大きさの檜風呂だ。  銭湯にも行ったことのない湊は、目を輝かせ歓声をあげた。 「わあ、すっごく大きいお風呂だね」 「あんまりはしゃぐなよ。滑って転ぶぞ」  続いて入ってきた竜次郎は、テンション高めの湊を見て苦笑している。  気をつけるねと笑い返しながらも、興味津々で浴室内を観察してしまう。  鏡や流しなどの清掃は行き届いており、ピカピカだ。  いつも寝起きしている離れをリフォームするため、竜次郎と二人、本日よりしばらくは広い屋敷の方で生活することになった。  竜次郎の祖父・金と松平組の男たちが寝起きする場所だ。  今までにも何度か宴会などで出入りしたことはあったが、ごく限られた場所しか入ったことはなかった。  粗相のないようにしなくてはと緊張しながらも、竜次郎と二人きりだと安心してはしゃいでしまう。  ふと、湊が転ばないように見守り中の竜次郎を見ていいことを思いつく。 「兄貴、お背中お流しします!」 「そうだな、たまにはいいか」 「そうそう、たまにはいいよ」  ビシッと手を挙げた湊に、珍しく竜次郎は頷いてくれた。  早速バスチェアに座ってもらい、泡だてたタオルで広い背中を擦る。 「そういえば、竜次郎は刺青しないんだね」 「今は墨入れてねえ奴も多いしな。あった方がいいか?」 「ううん。刺青って、あんまり体に良くないって言うし……」  竜次郎には体を大事にして貰いたい。  泡を流して、前も洗わせてもらえるだろうかと背中越しに見た竜次郎の中心は何故か勃ちあがっていた。 「竜次郎、背中が感じるの?」  気付かずうっかり背中責めをしてしまっただろうか。  竜次郎は「どんなプレイだ」と軽く笑う。 「全裸のお前が近くにいりゃこうなるだろ」  「そっか。……触ってもいい?」 「それでもいいが、風呂を堪能できなくなるかもしれねえぞ」 「えぇ……お風呂、ちゃんと入りたい……」 「ならもう少し我慢しとけ」 「でも、それ辛くない?」 「いつものことだからすぐおさまる」  そこは自在なのか。竜次郎は色々すごい。 「お前も洗ってやろうか」 「そうすると、お風呂を堪能できなくなりそうだから……今は自分で洗うね」  竜次郎に隅々まで洗ってもらうのは好きなのでいつもならお願いするが、今日は折角なので広いお風呂にゆっくりと浸かってみたい。  複数人数で入る仕様だからだろう、シャワーも銭湯や温泉のように複数備え付けられている。  そこに並んで、各々体を洗った。 「竜次郎?」 「ん?」 「窓の外、何かいたの?」  湊が念入りに体を洗い終わった時には、竜次郎は既に浴槽に身を沈めていた。  浴槽の向こうは一面窓で、外には手入れの行き届いた日本庭園が広がっている。  普通の家で同じことをやろうとすると、外から丸見えの浴室になってしまうだろうが、ここは任侠一家、松平組の本宅である。  高い塀が四方を囲っており、周囲が住宅街なことから高い建物もない。  他人からプライベートを覗かれる心配もないはずなのだが、竜次郎は随分と鋭い表情で窓の外を見ていた。  猫でもいたのだろうか。聞いてみたが、竜次郎は「いや、別に何でもねえ」と首を振る。  竜次郎が何でもないというのなら言葉の通りだろうと、湊も力を抜いて湯に沈んだ。 「ん……大きくて、気持ちいいね」 「気に入ったか?」 「うん」  広々とした檜の浴槽は、人工大理石とは違って全体的に優しい印象だ。  のびのびとしてとてもリラックスはできるのだが……竜次郎がそばにいるのに、離れているのが少し寂しい。  そんなことを言ったら我儘だろうか。  こんなに広いのにくっついて入りたいなんて、竜次郎は迷惑かもしれない。  ちらりと様子を窺うと、前髪をかき上げた竜次郎と目が合う。 「湊、こっち来い」 「うん?」  手招きされたのでお湯の中を移動していくと、腕を取られていつものように竜次郎の足に座らされる。  背後から太い腕が回ってきて、促されるまま逞しい胸に背中を預けた。 「……落ち着く」  思わずほっと息を吐くと、竜次郎は耳元で笑った。 「お前もか?何かどうも風呂に入ってるって気がしなくてよ」 「竜次郎は浴槽の一部だったんだね」  お前もだろ、と頭に乗せた顎をぐりぐりされて、笑い合う。  広い風呂を堪能するはずが、どこにいても竜次郎ありきの湊であった。

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