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極道とウサギの甘いその後4-5

 なんとなく慌ただしい気配を感じて、湊は目を覚ました。  全身に怠さを感じながら首を巡らせると、布団のそばに置いてある年季の入った置き時計は既に八時をまわっている。  昨晩はお互いにもっとと求めた結果、寝るのが遅くなってしまったのだった。  もっと真面目に生活しなくてはと己を戒めつつ、起き上がろうとした湊の動きを阻むものがある。  竜次郎の腕だ。  かなりがっちりとホールドされていて、抜け出せそうな気配がない。 「…竜次郎」  この意思を持った巻き付き方は起きているなと表情を確認すると、案の定、竜次郎はばれたか、と笑っている。  離して、と言う前に再び布団の中に引きずり込まれて、湊は焦った。 「お、起きないと」 「もうちょい寝てようぜ。昨日はちょっと無理させたしな。疲れてんだろ」  たまの休日、ということであれば湊もそれもいいかもしれないと思っただろうが、竜次郎は昨晩湊と一緒にいてくれるために事務所に行くのをやめている。  真面目に仕事をしろと竜次郎が怒られてしまっては大変だ。 「でも、もう八時だよ?俺、朝ご飯の支度とか…なんにも手伝えなかった…」 「お前今日は仕事だろ。何なら昼まで寝ててもいいんだぜ」  訴えてみても竜次郎はどこ吹く風。ニヤリと笑うと、ぞろりと背中を撫で下ろした手がむぎゅっと尻を掴んだ。 「あっ、竜次郎…、朝から、…っ」 「朝飯の代わりにお前を食いてえな」 「だめ、竜次郎……、……?」  布団の中でごそごそと攻防を続けていると、廊下がやけに騒がしいことに気付いた。  湊の意識が逸れたことで竜次郎もその手を止め、すぐにどすどすと大きな足音が近付いてくる。 『ま、まだ代貸はお休み中で』 『うるせえ。こんな時間まで寝てるのが悪いんだろうが』  スパン!と襖が開く。 「おい竜次郎」  どすのきいた低い声だ。  仁王立ちして二人を見下ろしているのは、白地に金糸のピンストライプの入ったスーツを纏い、パナマ帽を手にした大柄な男だ。  年齢は六十代くらいだろうか。未だ黒い眉は濃く、口髭を蓄え、ちゃぶ台をひっくり返しそうな頑固親父という風情である。 「まぁだ寝てやがったのか。てめえの親父樣がもう起きてるってのに、何だその様は」 「……叔父貴」  呟いた竜次郎が、仕方なさそうにため息をついて起き上がった。全裸なのに隠す様子もない。  『叔父貴』と呼ばれた男は、全裸で胡坐をかいて欠伸をする竜次郎に怒りを覚えたようだったが、今度はその横にいる湊へと視線を定めた。  ぎょろりと睨まれ、首を竦ませる。 「嫁とかいうのはそいつか。こんななまっちろいアンコにたらしこまれやがって。男は塀の中だけの趣味にしとけ」 「あのなあ。俺はム所なんざ入ったことねえよ。こいつはそういうんじゃねえ」 「あ、あの……」  よくわからないが、挨拶をするにも寝たままでは失礼だと思い、起き上がりかけたが湊も全裸だった。  馬鹿、出るな。と竜次郎に布団を被せられる。 「叔父貴、今起きて相手するからあっち行ってろ。こっち見んな。減る」  『叔父貴』は怒りながら、しかし素直にどすどすと部屋を出て行った。  人の気配が去ったことを確認し、竜次郎は被せた布団を剥ぐと「朝から騒がしくて悪い」と謝ってくる。 「竜次郎……今の方は?叔父さん……?」 「親父の弟分だ。杯のな」  義兄弟ということだろうか。  『親父』の『弟分』なので『叔父』ということらしい。  名は、南野(みなみの)(ただし)というのだそうだ。 「あの通り、親父と同じ古臭い化石脳だ。なんか下らねえこと言われるかも知れねえが、耳塞いどいていいからな」 「金さんの大切な人なら、俺も好きになってもらえるように頑張らないとね」 「いや、とりあえず、お前のことは俺がちゃんと説明しとくから、今日のところは大人しくしとけ」  そう釘を刺して、着替えを済ませた竜次郎は南野と出掛けて行き、その後は湊の出勤時間になっても戻らなかった。

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