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極道とウサギの甘いその後5-10
昨晩はうっかり(確信犯)竜次郎のスイッチを入れてしまい寝るのが遅くなったので、必然的に起きるのも遅くなってしまった。
もうブランチじゃなくてランチって時間だな、とぼんやり思いながら身支度をしていると、電話をしていた竜次郎が寝室に戻ってきた。
「おかえり、竜次郎」
「中尾が、昨夜の指示役を確保したらしい」
「え……もう?」
昨日の今日、否、集まった時点で日付が変わっていたので、今日の今日、だ。
指示役は元オルカのメンバーということだったから、居場所に見当がついていたのかもしれないが、それにしても早い。
驚いた湊だったが、昨晩の別れ際、中尾が八重崎を呼び止めていたことを思い出した。
上手く交渉をして、八重崎から情報を得たのかもしれない。
「これで襲撃の理由とか、白木組との繋がりとか、何かわかるかな」
竜次郎は難しい表情で首を横に振った。
「今のところ、オルカに個人的な恨みがあったから個人的にやったことで、白木組の指示ではないの一点張りらしい」
「昨日のことはそれで辻褄が合うかもしれないけど……、松平組のことはどうなの?」
「それについては、自分じゃないとか言ってて、まだ吐かないんだと」
「うーん、別の人が指示してたって可能性もあるかぁ。……あ」
「なんだ?」
「昨夜一緒に襲撃したメンバーのリーダー役の人。二度目だって言ってたから、彼から話が聞ければ、松平組襲撃の時に指示した人と同じか確認できるかも?」
「そうだな……。ただ、土橋ってのは偽名だ。昨夜は電話もつながらなかったし、指示がSNSの文字のみだったら、同一人物かどうか判別できねえだろ」
「そ、それもそうだね」
相手はプロなのだから、できる限り身元を辿られないよう、対策をしているだろう。
元オルカのメンバーということで、指示役の身柄はそのまま中尾に託すことになったようだ。
一応、松平組襲撃に関する尋問は続けてもらえるらしい。
「これで終わり……ってことはないんだよね」
「こういう、ただの嫌がらせみたいなちょっかいは過去にもあるから、このあたりで一旦止む可能性はあるな。むこうも戦争したいわけじゃねえだろうし」
正面からぶつかるようなことになれば、大変なことになってしまう。それは互いにわかっているということだ。
しかし、概ね犯人がわかっているのに何も手を打てないのは、ちょっとモヤモヤするというか、釈然としないと怒る組員の気持ちもわかる気がした。
「竜次郎は、白木組の『ちょっかい』についてどう思ってるの?」
気になって聞いてみると、忌々しげにため息をついた竜次郎は、まだ片付けていない布団の上にごろりと転がる。
「面倒くせえから、白木組の存在そのものを忘れてえ」
やられっぱなしでは組の面子がたたないとか、そういう気持ちはないわけだ。
湊も、できれば大切な人たちが傷つくような恐ろしいことは起こってほしくない。
大事にならないうちに、白木組が諦めてくれるといいのだが。
「……このまま、二度寝でもするか」
竜次郎は布団という故郷に戻ってきたことで、里心がついてしまったようだ。
湊も疲れが取れたとは言い難く、だらだらと寝ていたい気持ちもあるけれど。
「ご飯は食べた方が良くない?」
「英気を養って二度寝しようってことだな?」
「俺は今日シフト入ってるから起きたいかも」
あまり疲れが取れなさそうな二度寝をやんわり断っていると、竜次郎のスマホが鳴った。
着信音からして、事務所からのようだ。
舌打ちをして、いかにも渋々電話に出た竜次郎だったが、二言三言で顔色が変わった。
すぐに向かうと言って通話を終了すると、あっという間に身支度を整える。
「悪い、事務所に行く。お前は飯食って」
「俺も行く」
明らかに何かが起こっている時に、一人で呑気に食事をする気にはなれない。
湊の決意が固いことを知って、竜次郎もわかったと頷いてくれた。
到着した事務所内には、ピリピリと緊迫した空気が充満していた。
竜次郎の姿を見ると、その場にいた全員が立ち上がり、お疲れ様ですと頭を下げる。
「ヒロが連れていかれたってのはどういうことだ」
「(え……?)」
ヒロが?
湊が驚いていると、頭に包帯を巻いたヤスが一歩前に出た。
「さっき昼飯に行った帰り、白木組の奴らがしつこく絡んできて、ヒロがついそいつを殴っちまったんです。そうしたら、ケジメつけさせるって、連れていかれて……」
竜次郎はヤスの胸倉をつかんだ。
「馬鹿野郎!安易に手ェ出すなって言っただろうが」
「俺も止めましたよ!けど、無視したらあいつら、貸元や代貸を悪く言ったり、わざと挑発してきやがって……!」
「………………」
明らかな罠。ヒロも挑発されていることはわかっていて、それでも我慢が出来ないようなことを言われたのだろう。
ヤスは背後から殴られ、その隙にヒロが連れていかれたらしい。
重苦しい沈黙の後、竜次郎はヤスを解放した。
「マサ、車回せ」
「……はい」
ヒロを助けに行くのだろうか。
湊は慌てて竜次郎のワイシャツの袖を掴んだ。
「竜次郎、」
だが、竜次郎はその手をそっと外す。
「お前は屋敷に戻って、親父と一緒にいろ。仕事に行ってもいいが、その時は神導の関係者に送迎してもらえ」
いつもは『SILENT BLUE』に行くなと言うのに。
それほどに危険な状況なのだ。
咄嗟に「俺も一緒に行く」と主張したが、先程とは違い、竜次郎は「駄目だ」と首を振って、事務所を出て行ってしまう。
鼻先で閉まったドアに、湊は立ち尽くすことしかできなかった。
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