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極道とウサギの甘いその後5-11
卑怯な手口ばかり使ってくる相手がいる場所に、たった二人で向かうなんて心配だ。
無理矢理にでもついていくべきだろうか。
しかし、そもそもくっついていったところで湊が役に立つとは思えない。
何なら足を引っ張ることになるかもしれないと思ったら、追いかけることが出来なかった。
「ちょっ…、何一人で行こうとしてるんですか!」
「カチコミに行くなら俺たちも!」
「バカかお前ら、徒党組んで行ったら戦争になるだろうが!」
湊を追い越し、ドアを開けて追いかけて行った組員たちは、一喝と共に全員強制送還された。
何も殴らなくても、とブーイングが飛び交う中、フクが声をかけてくる。
「湊さん、ひとまず屋敷までお送りします」
湊は頷くことしかできなかった。
屋敷に戻ってきたところで、やはりのんびり待っていることなどできず、状況を確認するために日守を探した。
部屋住みの組員に聞くと、金と一緒に居間にいるとのことだ。
押しかけたら迷惑ではないかと心配しながら訪ねたが、金は温かく迎え入れてくれた。
「大体の話は聞いています。今後のことについて金様と話をしていたところでした」
「ま、とりあえず茶でも飲んで落ち着きな」
組同士が一触即発という状況なのに、普段と変わらぬ二人の様子に、湊も少し冷静になる。
「竜次郎は、大丈夫でしょうか」
日守の淹れてくれた日本茶をいただき、ついこぼれた心配に、金は苦笑した。
「ま、お前さんは非常時にのんびり茶ァすすってられる性格でもねえか」
「すみません、話し合いで済むとは思えなくて……」
金は「そうさな」と湯呑をあおり、日守、と己の腹心を呼ぶ。
「お前、このお人を連れて、竜を追いかけろ」
大人しく待っていろと諭されると思ったのに、まさかの言葉だった。
日守が素直に頷いているのにも二重に驚き、慌てて聞き返す。
「で、でも、日守さんがいなかったら、親分さんの警護は……?」
「奴らは、こっちにゃ来ねえよ」
あまりにもきっぱりとした断言に目を丸くしていると、金は珍しく声をあげて笑った。
「もちろん、根拠なんて高尚なもんはねぇ。ただ、俺は博徒だからな。こっちの守りを固めるか、あっちに戦力を集中させるか、後者の勝算に賭けるってぇことだ」
ニヤリと口角を上げた悪い顔が、前に長崎と丁半で勝負した時の竜次郎とだぶって見えた。
あの時竜次郎は、湊の名前を数字にして、それが偶数だったから半に賭けるという、何の根拠もない博打をして、それなのに絶対に勝てるという自信にあふれていた。
この二人は、血が繋がっていないのに、なんて似てるのだろう。
「堅気さんよりゃ場慣れしてるだろうが、黒神会の幹部どもみたいに喧嘩が強いわけでもねえ俺が、この修羅の業界で今まで生きてこられたのは、賭けに勝ち続けてきたからよ。俺を信じな」
老いてなお鋭さを失わない極道の男の力強い言葉に、湊は感謝し頷いた。
「日守さん、お願いできますか?」
「金様のご命令は絶対ですから」
本当はここに残って自分の主を守りたいのだろうが、日守は金の命令に忠実だ。
ちょっと面倒臭いと思っていそうなあたりに余裕すら感じられて、心強い。
「速やかに、二人を回収しましょう」
「はいっ!」
急いで屋敷の駐車場に置いてある黒のセダンに乗り込むと、スマホを渡された。
マップが表示されており、中心の点がのろのろと動いている。
「GPSで二人の動きを確認しています。渋滞でもしているのか、まだ移動中のようですね」
「えっ、まだついてないんですか。白木組の事務所は結構遠いんですね」
「そもそもこの辺りはヤクザが拠点にしやすい繁華街自体が少ないですから」
過疎な場所に事務所を作ったところで、商売にならないということだろう。
都心部のように、店が密集しているところに様々な勢力がひしめき合っているわけではなく、多少賑わっている街に点々と組が存在しているということだ。
「少し飛ばします。気分が悪くなったら言ってください」
その言葉で、助手席に乗るように言われた理由がわかった。
「大丈夫です、よろしくお願いします」
幸いなことに、湊は乗り物で酔ったことはない。
法令順守は大事なことだが、今は非常事態なのだ。
日守の本人曰く「少し飛ばす」運転が、組の中で伝説になっているということを、湊はこの時まだ知らなかった。
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