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極道とウサギの甘いその後5-13
事務所を出るなり、竜次郎は日守に食ってかかった。
「日守、なんでこいつを連れてきてんだよ…!」
「金様のご命令でしたので」
「あのジジイ……、何考えてんだ!」
湊は慌てて竜次郎の裾を掴んで止める。
「ごめんね竜次郎、俺が頼んだんだよ」
日守や金は悪くないのだと訴えるが、目付きの悪い竜次郎にむにっと頬をつままれて、名状しがたい間抜けな声が漏れた。
「お前な、危ねえから関わんなって何度も言っただろ」
「んぅ~、竜次郎が俺を守ろうとしてくれてるのは、わかってるけど……」
揉めながら歩いているうちに、車を停めた駐車場まできていた。
先刻は日守の運転の余韻で気づかなかったが、よく見ると竜次郎たちが乗ってきたであろう、セダンではない方の松平組の車も停まっている。
「この後のことですが、白木の言ってることを鵜呑みにしちまっていいんですか?」
マサは先程のことでまだ憤っているらしく、いつもよりも感情的な様子だ。
恐らく、湊たちが到着する前にも、白木に色々失礼なことを言われたのだろう。
「柳の独断ってのは嘘だろうが、わざわざ教えてくるくらいだから、クラブの方に誰かしら関係者はいるだろ」
対して、竜次郎は落ち着いている。湊が付いてきてしまったこと以外は想定内なのかもしれない。
兄貴分の冷静な様子に頭が冷えたのか、マサも素直に頷いた。
「とりあえず、私は行きます」
早く事態を収拾して屋敷に戻りたいらしい日守は、さっさとセダンに乗り込んだ。
「よし、じゃあマサ、お前は湊を連れて戻れ」
ここまで来たのに、置いていかれては困る。
湊は慌ててセダンの方へと逃げた。
「日守さん、俺も行きます」
「おい湊、ちょっと待て、そっちに乗り込もうとするな」
強引に助手席に乗り込むと、日守は味方をしてくれるつもりらしく、エンジンをかける。
「時間がありません」
「……クソッ、おいマサ、お前も乗れ!」
「あっいや俺は、こっちの車を放っておけませんし」
「いいから乗れ!」
四人を乗せた車は、飛ぶように走り出した。
日守の運転するセダンは、繁華街の間を縫うように駆け抜け、五分と経たずに砂利の空き地に止まった。
湊が車から降り立つと、竜次郎とマサも後部座席から這うようにして出てくる。
その足取りは何だかおぼつかず、顔色は真っ青だ。
「俺は……生きて、いるのか……?」
「日守お前……、こんな街中であのスピードはねえだろ……」
「二人とも、大丈夫?」
気遣うと、竜次郎は信じられないものを見る目でこちらを見た。
「湊、お前は胆が太すぎんだよ」
「俺、乗り物酔いあんまりしないから」
「いや、これは乗り物酔いとかそういう話じゃ……」
首を傾げていると、日守は「行きましょう」と歩いて行ってしまう。
窓の少ない三階建てのビル。ここが『QO』というクラブなのだろうか。わざとそのようなデザインになっているのか、一見して何の施設なのかわかりにくい。
「策の立てようもねえし、一先ず突っ込むしかねえな」
竜次郎の言葉に、異論を挟む者はいない。
マサや日守と一緒に頷くと、竜次郎は何か言いたそうに湊の顔を見たが、ここまで来たら仕方ないと思ったのだろう、もう付いてくるなとは言わなかった。
湊は、無事な姿のヒロと再会できるように祈りながら、ドアを開ける三人に続く。
厚い防音の扉には鍵は掛かっていなかった。
今はまだ夕方というにも早い時間なので、少なくともクラブとして営業中ではないだろう。
受付らしきカウンターを抜けると、そこはもうダンスフロアだ。
「……ヒロ!」
外部の光が届かない薄暗いフロアの中央に、椅子に縛り付けられたヒロが横倒しに転がっている。
その様子はぐったりとして、遠目に見ても顔が腫れ上がっているのがわかった。
駆け寄ろうとしたが、それは叶わない。
ぞろぞろと人相の悪い男達が奥の扉から出て来て、すっかり囲まれてしまった。
「久しぶりですね、松平の若様」
ステージの上から声をかけてきたのは、痩身のスーツの男だ。
髪を後ろに撫でつけ、目は細く、眼光は鋭い。八重崎に写真で見せてもらった柳だ。
「柳、てめえは戦争でもしてえのか?」
「社会実験ですよ」
「あぁ?」
「松平金という昔気質の極道が、そのやり方がどこまで現代で通用するのかっていう。……それを観察するのを密かな楽しみにしていたのに、なぁんか最近になって、突然黒神会に擦り寄り始めた」
柳は酷薄そうな薄い唇の端を吊り上げる。
「ちょっと面白くねえな、と」
「てめえの楽しみのことなんざ知らねえな」
「ま、原因はわかってるんですよね。……跡取りである松平竜次郎の愛人の桜峰湊。お前が、神導月華と繋ぎをつけてるんだろう」
吊り上がった三白眼が湊を射抜いた。
突然名指しされ、湊は驚く。
湊が『SILENT BLUE』で働いていること、『SILENT BLUE』の従業員であるため神導の庇護対象であることなどは、別に極秘事項ではないので柳が知っていてもおかしくはない。
しかし、湊が竜次郎に再会する前から、神導は松平組と親交があったようなので、湊が繋ぎをつけたというのは間違っている。
特に訂正する必要もないため、湊は黙って柳の視線を受け止めるのみだが。
「まさか連れ立って来ていただけるとは思ってもみなかったので、助かりました。少し怖い目に遭ってもらって、黒神会とは疎遠になっていただけたら助かりますね」
狙いが湊だという言葉に、竜次郎の気配がにわかにひりつく。
「柳、こいつは確かに俺の女でもあるが、背中を任せられる相棒でもある。あんまり舐めてると痛い目見るぞ」
「竜次郎……」
ハッタリだとしても相棒という言葉が嬉しくて、こんな時なのに感動してしまった。
柳はバカにするように鼻を鳴らす。
「そんなわけなので、お楽しみを始めましょうか」
柳は懐から銃を取り出し、真っ直ぐ湊に向けて構えた。
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