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極道とウサギの甘いその後5-14
それは本当に一瞬の出来事だった。
湊が「撃たれる」という恐怖を感じる間もなく、すぐに柳の腕は角度を変え、銃口は床に転がるヒロの方へと向かう。
躊躇いなどは一切ない。
容赦なく引き金が引かれるまでのほんの僅かな時間に、機敏に動けたのは日守だけだった。
日守がヒロを蹴り飛ばすと同時に、乾いた銃声がして耳がきんとなった。
「ッ……」
何かが焦げるような嫌な匂いがする。
竜次郎の「日守!」と叫ぶ声。
発砲音に驚いてつい閉じてしまった目を開くと、日守も銃を抜いていて、まっすぐ柳に突き付けていた。
周囲の男達は「柳さん!」と色めき立つが、柳は薄笑いを浮かべて肩を竦めただけだ。
「流石は狂犬、ものすごい反応速度だ」
「………………」
「ま、今日は殺すことが目的じゃないんでね。……お前たち、そこのお客様を適度に痛めつけてお帰り願え」
部下にそう命じると、柳は油断なく銃を構えたまま、ステージの袖へと後退していく。
「ああ、あと、桜峰湊には危害を加えるなよ」
「え?」
付け加えられた一言が意外で、湊の口からは疑問の声が漏れていた。
この中では、戦力に乏しい自分が一番の狙いどころではないのか。
「神導月華の関係者に手を出すと痛い目に遭うことは有名なんでね。そんな危ない橋は渡りたくない」
そこまで知られていることに驚く。
「うちは平和主義なので、戦争をする気はないですよ。松平組がどうなっていくのか、それが見たいだけで。……もちろん、ついでに美味しい思いができればそれが一番ですけどね」
柳は最後にそう言い残し、退出した。
柳の姿が見えなくなるのが合図だったかのように、男達が竜次郎や日守に襲い掛かってくる。
竜次郎、マサ、日守も本気で応戦しているようだが、何分数が多い。
こちらの方が個々の戦闘力は高いものの、ヒロをかばいながら戦わなければならないというハンデもある。
中でも、日守はやけに動きが鈍かった。
よく見ると、スーツが黒いので気付かなかったが、足元に血が滴っている。
先程の柳の銃弾が当たっていたのだろう。出血量からして、長く戦えるような状態ではない。
そんな中、手を出すなと言われたお陰で、湊は蚊帳の外に置かれていた。
ヒロに加えて湊も守るのでは三人も大変だっただろうから、慎重な相手で助かったというべきだろうが、こんな時に一人でぼーっと突っ立っているのは耐えられない。
この立ち位置を生かして、何かサポートができないだろうか。
考えを巡らせ、八重崎が「絶体絶命の時に開けて欲しい」と託してくれたお守りを肌身離さず持っていたことを思い出した。
家にいる時以外ずっと提げていたボディバッグから、目的のものを取り出す。
「おい、あいつ何かしようとしてるぞ。誰か捕まえとけ」
男達に気付かれ、拘束されそうになったため、湊は逃げ回りながら箱を開ける。
焦っていたため、抜刀するように勢いよく中身を引き抜くと。
中から出てきたのは某有名オナホールだった。
・・・・・・・・。
「えっ……?」
視線が湊の手元に集中する。
罵声の飛び交う絶賛乱闘中だったダンスフロアに、突如謎の静寂が訪れた。
『なんで今、それ出した?』
この瞬間、敵味方全員の心が一つになったかもしれない。
まさかそれが狙い?とも思ったが、すぐに以前に八重崎から「試供品」として貰った似たような物よりも、随分と重たいことに気付いた。
探ると、側面や本来であれば挿入口が付いているはずの底面に、スイッチらしきものがついている。
湊は八重崎を信じて、まずは切り替えスイッチのようなものをスライドしてみた。
すると、丸い上部に二本、角のような物がにょきっと顔を出す。
その形状に、ピンときた。
湊は、試しに一番近くにいる男にオナホを突き出すと。
「ぎゃああ!」
感電した男は叫び声をあげて、がくりとその場に崩れ落ちる。
そう、角のような物は電極で、これは護身用の定番、オナホ型スタンガンだったようだ。
「あっ……ちょ、ちょっと強すぎたかも。出力変えられないのかな…?」
威力の強さに脅威を感じ、湊が出力ボタンを探していると、少し離れたところから呆れた声がした。
「湊お前、なんだそれ……」
「う、うん、八重崎さんが持たせてくれたお守りの中身。スタンガンだったみたい」
「~~~~~~!あいつはっ……、普通のスタンガン渡せばいいだろ!」
竜次郎は吼え、八つ当たりのように手近にいた男を殴り倒す。
この展開は彼の予想通りだろうか。
電極の向こうに、八重崎の無表情のダブルピースが見えるような気がする湊だった。
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