70 / 76

極道とウサギの甘いその後5-14

 それは本当に一瞬の出来事だった。  湊が「撃たれる」という恐怖を感じる間もなく、すぐに柳の腕は角度を変え、銃口は床に転がるヒロの方へと向かう。  躊躇いなどは一切ない。  容赦なく引き金が引かれるまでのほんの僅かな時間に、機敏に動けたのは日守だけだった。  日守がヒロを蹴り飛ばすと同時に、乾いた銃声がして耳がきんとなった。 「ッ……」  何かが焦げるような嫌な匂いがする。  竜次郎の「日守!」と叫ぶ声。  発砲音に驚いてつい閉じてしまった目を開くと、日守も銃を抜いていて、まっすぐ柳に突き付けていた。    周囲の男達は「柳さん!」と色めき立つが、柳は薄笑いを浮かべて肩を竦めただけだ。 「流石は狂犬、ものすごい反応速度だ」 「………………」 「ま、今日は殺すことが目的じゃないんでね。……お前たち、そこのお客様を適度に痛めつけてお帰り願え」  部下にそう命じると、柳は油断なく銃を構えたまま、ステージの袖へと後退していく。 「ああ、あと、桜峰湊には危害を加えるなよ」 「え?」  付け加えられた一言が意外で、湊の口からは疑問の声が漏れていた。  この中では、戦力に乏しい自分が一番の狙いどころではないのか。 「神導月華の関係者に手を出すと痛い目に遭うことは有名なんでね。そんな危ない橋は渡りたくない」  そこまで知られていることに驚く。 「うちは平和主義なので、戦争をする気はないですよ。松平組がどうなっていくのか、それが見たいだけで。……もちろん、ついでに美味しい思いができればそれが一番ですけどね」  柳は最後にそう言い残し、退出した。  柳の姿が見えなくなるのが合図だったかのように、男達が竜次郎や日守に襲い掛かってくる。  竜次郎、マサ、日守も本気で応戦しているようだが、何分数が多い。  こちらの方が個々の戦闘力は高いものの、ヒロをかばいながら戦わなければならないというハンデもある。  中でも、日守はやけに動きが鈍かった。  よく見ると、スーツが黒いので気付かなかったが、足元に血が滴っている。  先程の柳の銃弾が当たっていたのだろう。出血量からして、長く戦えるような状態ではない。  そんな中、手を出すなと言われたお陰で、湊は蚊帳の外に置かれていた。  ヒロに加えて湊も守るのでは三人も大変だっただろうから、慎重な相手で助かったというべきだろうが、こんな時に一人でぼーっと突っ立っているのは耐えられない。  この立ち位置を生かして、何かサポートができないだろうか。  考えを巡らせ、八重崎が「絶体絶命の時に開けて欲しい」と託してくれたお守りを肌身離さず持っていたことを思い出した。  家にいる時以外ずっと提げていたボディバッグから、目的のものを取り出す。 「おい、あいつ何かしようとしてるぞ。誰か捕まえとけ」  男達に気付かれ、拘束されそうになったため、湊は逃げ回りながら箱を開ける。  焦っていたため、抜刀するように勢いよく中身を引き抜くと。  中から出てきたのは某有名オナホールだった。  ・・・・・・・・。 「えっ……?」  視線が湊の手元に集中する。  罵声の飛び交う絶賛乱闘中だったダンスフロアに、突如謎の静寂が訪れた。 『なんで今、それ出した?』  この瞬間、敵味方全員の心が一つになったかもしれない。  まさかそれが狙い?とも思ったが、すぐに以前に八重崎から「試供品」として貰った似たような物よりも、随分と重たいことに気付いた。  探ると、側面や本来であれば挿入口が付いているはずの底面に、スイッチらしきものがついている。  湊は八重崎を信じて、まずは切り替えスイッチのようなものをスライドしてみた。  すると、丸い上部に二本、角のような物がにょきっと顔を出す。  その形状に、ピンときた。  湊は、試しに一番近くにいる男にオナホを突き出すと。 「ぎゃああ!」  感電した男は叫び声をあげて、がくりとその場に崩れ落ちる。  そう、角のような物は電極で、これは護身用の定番、オナホ型スタンガンだったようだ。 「あっ……ちょ、ちょっと強すぎたかも。出力変えられないのかな…?」  威力の強さに脅威を感じ、湊が出力ボタンを探していると、少し離れたところから呆れた声がした。 「湊お前、なんだそれ……」 「う、うん、八重崎さんが持たせてくれたお守りの中身。スタンガンだったみたい」 「~~~~~~!あいつはっ……、普通のスタンガン渡せばいいだろ!」  竜次郎は吼え、八つ当たりのように手近にいた男を殴り倒す。  この展開は彼の予想通りだろうか。  電極の向こうに、八重崎の無表情のダブルピースが見えるような気がする湊だった。

ともだちにシェアしよう!