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第1話⑤
「ほんと、雨城は……」
俺は食い終わった皿を持ってソファを立ち上がった。
「俺のこと、一体いつまで世話焼く気だ?」
そして、呆れた溜息を吐きながら、シンクに皿を置いたときだった。
「蘭太郎、お願いだ」
大きな手に、手首を掴まれる。
「俺以外の男と、ふたりきりにならないでくれ」
「雨城、何言って……」
志岐はまだ高校生じゃないか。
それに、これは何でも屋へのただの依頼だ。
振り返った俺は、雨城に言い募ろうとした。だがその言葉たちは、喉の奥へと呑み込まれてしまう。
俺を見つめる雨城の目がひどく真剣で、熱を帯びていたからだった。手首に巻き付く手のひらも、熱い。
俺は咄嗟に、その熱から逃れるように顔を背けた。
「おまえには関係ない」
しかし次の瞬間。掴まれていた手首がグッと引かれ、その腕の中に抱き締められた。
「おいっ、なんのまねだ!」
空いている手で雨城の胸を叩く。
「蘭太郎、お願いだ」
耳元で繰り返された声は、苦しげだった。
雨城の熱が抗う俺の全身を浸食していく。
「……俺は、蘭太郎が」
「わかった、わかったから、離せっ」
喘ぐように言うと、やっと腕が緩んだ。
「悪かった」
雨城は我に返ったかのように一言そう告げ、俺に背を向けた。
「今日はもう帰る」
そしてジャケットを掴み上げると、足早に玄関へと向かう。
「雨城!」
呼んでも、雨城は振り返らなかった。閉じられた扉を俺は呆然と見つめる。
『……俺は、蘭太郎が』
続きを聞くのが怖かった。
――雨城の熱に、染められる。
それを、許してしまいそうになった自分が居たのだ。
「雨城……」
ひとりきりになった部屋では、金木犀が、強く匂った。
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