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第2話
「ヌードだなんて、聞いてないぞ!」
俺は声を荒げた。
事務机を横に片し、イーゼルとキャンバスを設置した志岐の前で、蘭太郎が何の躊躇もなく服を脱ぎだしたからだった。
「こうして雨城も立ち会ってるじゃないか。志岐とはここじゃなく、大勢の客が居る下の喫茶店で話し合った。おまえの条件はすべて飲んでる」
そう言っている間も、蘭太郎はこちらに背を向けたまま、ベルトを外し、ボトムを床に落とした。
「そうだよ、うるさいなぁ。芸術のわからない人は黙ってて!」
「……っ!」
俺が言葉を詰まらせたのは、志岐からの侮辱のせいではなかった。
皺だらけのシャツも脱ぎ捨て、蘭太郎が全裸になったからだ。
「蘭さん、もう少しこっち見て? うん、そのまま!」
そして上半身を捻り、横顔をこちらに見せる。
午後の明るい陽射しを浴びたその白く滑らかな肌は、輝いて見えた。蘭太郎の伸びやかな裸身は、ポーズを作ることで、背中も臀部もふくらはぎも、すべての筋肉が美しく隆起している。その横顔は見事な稜線を描き、まるで美術館に飾られた彫刻作品のようだった。
志岐のデッサンする音だけが、室内に響く。
蘭太郎を見る志岐の目は、さすがに真剣だった。志岐が通うのは、著名な芸術家を数多く輩出する美術大学の付属高校だ。
『あなたがこの世で最も美しいと思うもの』
この絵に賭ける志岐の情熱は、芸術家のそれだった。
俺だけだ。
俺だけなんだ。
――蘭太郎の裸を、邪な目で見てしまうのは。
俺はその裸身から逃げるように身を翻すと、台所へ行ってコーヒーの準備を始めた。何かしていないと、俺の思考は悪魔に憑りつかれそうだった。
このコーヒーメーカーはもちろん、俺が事務所に持ち込んだものだ。馨しい香りの粉は、会社の近くにあるコーヒー専門店で焙煎してもらった。
ゴミ箱には冷凍食品の空袋が無造作に突っ込まれている。蘭太郎はインスタントコーヒーどころか、水道水で事足りる奴だ。食べ物にも飲み物にもまったく気を使わない。興味がないのだ。
俺は買っておいた牛乳を冷蔵庫から取り出すと、少量をレンジで温めた。そしてそれを淹れ立てのコーヒーに注ぐ。蘭太郎はブラックコーヒーが飲めない。もう一杯、志岐の分も用意し応接テーブルに置くと、俺は黙って事務所を出た。
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