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第2話②
秋晴れだったが、吹いてくる風はひんやりとしていた。もうすぐ十一月なのだから当然だ。
……そういえば、初めて蘭太郎と話したのも、今日みたいな晩秋だったな。
中学の下校時だった。俺がヘッドフォンでお気に入りの曲を聴きながら歩いていると、通りの向こう側で、数人の男子たちがたむろしているのが見えた。
あいつは……隣の中学の……。
その中のひとりは、塾で見たことのある顔だった。
こんなとこまで来て何してんだ?
彼らは額をつき合わせ、ひそひそと何か話していたかと思うと、通りの先を見遣った。その視線の先を歩いていたのは、ふた月ほど前、同じクラスに転入してきた蘭太郎だった。
俺はかろうじて名前を知っているくらいで、もちろん会話したことはない。
転校してきた当初、蘭太郎は、その美少年ぶりから女子生徒たちの噂の的だった。だが、とっつきにくい性格が次第に露わになり、その熱が収まっていった、そんな頃だった。
男子たちは、下碑た笑みを浮かべ、蘭太郎を追うように歩き出す。
嫌な予感がした。
俺は後をつけた。
蘭太郎が橋を渡り、川沿いの道へと折れたときだった。
男子たちがいきなり走り出した。そして、蘭太郎を羽交い締めにすると、河川敷へと引きずり落とす。
「……っ!」
俺はヘッドフォンを脱ぎ捨て、駆け出していた。
「おまえら、そいつに何してんだ!」
「な、なんだ、てめぇ!」
予期せぬ俺の登場に男子たちはどよめく。だが、俺がたったひとりで乗り込んできたとわかり、一斉に殴り掛かってきた。
しかし。
俺が最初の男子を軽々と背負い投げすると、奴らはすぐに怯んだ。
俺の父親は柔道の有段者であり、警官だ。寒空の中、柔道や護身術を無理やり教え込まれてきたことを、この日ほど感謝したことはなかった。
「くっそ、逃げるぞ!」
男子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「ほら、大丈夫か?」
草むらに蹲っていた蘭太郎の腕を引き、立ち上がらせる。そして制服に付いた泥を払って落としてやった。
「どこか痛いところは? 怪我はしてないか?」
「……なんで、助けてくれたの?」
俺を見上げた蘭太郎が初めて口にしたのは、そんな言葉だった。
「あんたは、何が、欲しいの?」
抑揚のない声。夕陽を浴びたその顔には深い影が落ちていた。
あてどなく歩いていた俺は、公園に辿り着いた。ブランコにでも乗ってみるかと思ったが、思いの外小さくて座れそうもなかった。
いつの間にか、俺たちももう三十だ。だけど自分を、自分の時間を、切り売りするような蘭太郎の刹那的な生き方は変わりそうもない。
俺をキラキラネームから救ってくれたことも合わせて、父親のことは尊敬している。けれど、俺は警官の道には進まなかった。
俺は日本国民を守りたいんじゃない。
俺が守りたいのは、蘭太郎、ただひとりだからだ。蘭太郎の生涯を守るため、俺は大会社を選び、経済的な余裕を持ちたかった。
『何が、欲しいの?』
俺は気づいたんだ。
――あいつらが蘭太郎に向けた欲望と同じものが、自分の中にも潜んでいることに。
秋の夕べはつるべ落とし。ぐんぐんと陽が傾いてくる。
俺は誰も遊ぶ者がいない遊具たちを前に、溜息を吐いた。
デッサンは、もう終わっただろうか……。
もしまだ蘭太郎が裸だったらと思うと、事務所へと戻る足が竦む。
このまま、家に帰っちまうか。今何時だ?
スマホを取り出そうとして、ハタと気づいた。スマホどころか、財布の入ったバッグを事務所に置いてきてしまっていた。
「……はぁ」
俺は渋々と、事務所へと戻る道へと足を向けた。
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