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第3話
事務所の扉を開けると、志岐はもういなかった。イーゼルなどの道具もなく、事務机も元の位置に戻されている。どうやらモデルは終わったようだった。何より、ソファに寝そべっている蘭太郎が服を着ていて、俺はホッと息を吐く。
床に置きっぱになっていたバッグを掴み上げると、
「モデル、終わったんだな。じゃあ、俺も帰る」
そそくさと玄関へと向かった。
「コーヒー」
蘭太郎のその声に振り向くと、視線がチラリと、テーブル上のコーヒーカップに向けられた。
「冷めてるんだけど」
「……?」
淹れなおせってことか?
「あ、ああ、わかった。今淹れる」
俺はバッグを置くと、再び台所に立った。
蘭太郎が何かを飲みたいと思うこと自体が珍しい。
なんなんだ? 一仕事終えて喉が渇いたのか?
コービーメーカーをセットし終え、牛乳を取り出そうと振り向いたときだった。
「……っ、な、なんだ?」
真後ろに蘭太郎が立っていた。
「どこ行ってたんだ」
そう言って俺を見上げる目は、なぜか微かに怒りを含んでいた。
「は? どこって……」
「俺がモデルしてる間、おまえはどこ行ってたんだよ」
責めるようにもう一度問われる。
「あ、その……」
俺は蘭太郎の視線を振り切るように冷蔵庫へと向かい、扉を開けると、
「散歩?」
と中を覗き込みながら何気ない調子で答えた。
蘭太郎の裸を見ていたら自分を抑えきれなくなりそうだった、なんて、死んでも口にしたくない。
「ほら、駅の反対側さ、少し行くと児童公園あるだろ? 俺、久々にブランコ乗ってみようかと思ったんだけど、あれって……」
「おいっ」
蘭太郎は俺の肩を掴んで、無理やり振り向かせる。
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