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第6話
フェス様は、僕を抱いたまま、城の中や外を走り回った。誰かを見かける度に、「俺の嫁だ」と、僕の姿を高々と掲げる。
「何故、顔を隠す」
交差させた腕の隙間から、赤い瞳が見えた。腕を降ろされる。
「俺の番だ。堂々としていろ」
両手で服の前側を掴み、隠したい衝動を必死で耐える。寄せられる目線が痛い。どう思われているだろう。僕のせいで、フェス様はどう思われているだろう。
「ここで、働いているのは、だいたい『鳥』たちだ。水遊びや土いじりが好きなのまで色々だが、よく俺達『竜』に仕えてくれている」
「あー! あのときの子だあ! 水浴びする? きれいになる?」
「傷は治った? 汚れてない?」
真っ白で大きな翼が、バタバタと忙しなく動いている。水滴が、こちらにまで飛んできた。
「こら、やめないか! 俺の嫁だぞ」
「えー、フェス様のお嫁さんだったの? お名前は?」
「チカだ」
「チカ様だー!」
そうやりとりしただけで、フェス様は、水場も、あっという間に駆け抜けた。竜のお城は、空に浮かぶ島の真ん中にあるらしい。そして、お城の周囲には、いくつかの水場があって、更にその周囲には、たくさんの緑が広がっていた。
フェス様は、太い幹の傍で、ようやく僕を降ろした。その場に座るよう言われ、従う。フェス様も、僕の隣に腰を下ろした。
「俺ばかり、話すぎたな」
そう、薄く頬を赤く染め、それから、僕の方に向き直った。
「今度は、チカの番だ」
僕はまた、口をパクパクさせることしかできなかった。怪訝な顔をするフェス様に焦り、地面に落ちていた細い木の枝を手に取る。
地面にたどたどしく文字を書き、病気で声が出せないことを伝えた。フェス様の表情が曇った。
「身体の痣や傷はどうしたんだ」
ぶつかったり、転んだりしたことを伝える。フェス様は、更に顔を暗くした。「ごめんなさい」と綴る。声も出ない、身体も汚い、せっかく見つけた番が僕じゃ、フェス様が可哀想だ。「やり直しは、できないんですか」と書けば、ぶわりと、その場で一瞬、風の塊が渦巻いた。
「そういうことは、決して、言わないでほしい」
強く肩を握られ、その迫力に押され、何度も頷いた。
「俺の番はチカで、チカの番は俺だ」
頷く。
「よし」と、フェス様も大きく頭を上下させた。
「では、早速、交わるか!」
僕はきゅうっと、唇を引き締めた。
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