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第8話(フェス視点)
一体何日籠もっていただろう。重い重い発情期がようやく終わった。やばい。番がいるときの昂ぶりやばい。交わりを拒否され軽く絶望した直後とは思えないくらい、やばかった。
そうだ。俺は、交わりを、ものすごい勢いで拒否された。
死んでやるとか、番のやり直しをとか言われた気がするけど、凹むから思い出したくない。あそこで無理矢理手を出さなかった自分をただただ褒めるだけだ。急いで帰ったもんね。とても紳士的で偉かったと思う。
なんせようやく見つかった嫁なのだ。大事にしないといけない。
喉が渇いた。お腹も空いた。
部屋から出、広間に行けば、相変わらず、弟と弟の嫁が騒いでいた。
「触るな、よるな! あっちに行け!」
「なんでそんなこと言うんだよ! 私たちは番だぞ! いい加減言うこと聞け! 約束しただろ!」
「約束ってなに? 兄さんは、あんたの兄さんの番だったんだから、どのみち、城には来てたでしょ! むしろ感謝されてもいいくらいなんだけど!」
「それは、それとして!」
「僕は認めてなんかいないけどね!」
全く進歩のない様子に安堵する。よかった。弟に先を越されてはいないらしい。ぎゃあぎゃあうるさい2人の横を素通りし、嫁の待つ部屋に向かう。が、そこは空だった。寝台に触れると冷たい。もう早くからここにはいないらしい。まさか、本当に、飛び降り――。
「弟の嫁! 俺の嫁はどこに行った!」
慌てて引き返し、問う。すぐに、「兄さんはあんたの嫁じゃありませんけど!」と返ってきた。
「や、今はそれどころでは!」
「兄さんなら、調理場の方で『鳥』達の手伝いをしてるよ」
「は」
「『掃除、洗濯、お食事の用意』、忙しいんでしょ」
「お、れ、俺の、嫁だぞ。チカは。そんな、下働きみたいな」
カッと目の前が赤くなり、何も考えられなくなった。急ぎ、調理場に向かう。そこには、翼の小さい、『鳥』達のなり損ないが、右往左往していた。
俺の姿に気がつき、動きを止める。
「フェス様! どうしてこちらに」
「チカは、どこだ」
「チカ、あの人間ですね! それなら、あちらの水場に」
「俺の、嫁だぞ」
「チチッ」、なり損ないは、ひと鳴きして、水場へと駆けていった。その跡を追う。そこにチカの姿はなかった。
「お前、ら、嘘を」
「ちが、違います! 帰ってきました、ほら、あそこ、帰ってきました!」
畑仕事までさせられていたのか、顔に泥をつけ、たくさんの野菜を抱えている。
俺と目が合うと、ふと足を止め、なり損ない達の後ろに隠れてしまった。どういう反応だ。
「チカ、様! どうぞこちらへ、こちらへ!」
なり損ない達に前に押し出されるようにして、もたもたと、ようやく俺の傍まで来た。久しぶりに見た嫁は、大変愛らしくあったが、薄汚れていた。顔を上げようとせず、目も合わせない。
野菜の入った籠を強く抱きしめている。その手は、赤く、ひび割れ、薄く血が滲んでいた。
「困ります、チカ様! 番であるならそう言って頂かないと!」
「我々が怒られてしまいます!」
「我々には時間がないのです! 掃除、洗濯、お食事の用意!」
対して、チカを責め立てるなり損ない達の指には傷一つなかった。
チカに仕事をさせ、自分達は楽をしていたのか。
俺の嫁を、何だと思っている。
「お前、らぁ!」
籠が地面に落ちた。チカが俺の胸に飛び込んできた。その細い身体を、反射的にというか本能的に抱きしめる。柔らかい。暖かい。良い香りがする。俺の番――。
意識が飛びそうになるのを必死で堪える。
ようやく目が合った。鋼色の瞳は涙で潤んでいる。何かを訴えているのだろうが、声は聞こえてこない。
やがては、俺の身体を後ろへと押し始めた。ささやかな力ではあったが、逆らうこともできず、されるがままに後ずさる。
なるほど。なり損ない達を怒らないでほしいのだなとようやく見当がついた。
「お前ら! チカに感謝するんだな!」
なり損ない達は、チィチィ鳴くばかりで、俺の言葉を捉えてはいなさそうだ。もはや目線すら寄越してこず、慌ただしく、働き始めた。
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