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第9話

 ***  困らせてしまった。  例えそれが形だけのものであっても、フェス様の『番』は、ああいうことはしてはいけなかったらしい。  忙しくしていることはわかっていたのに、彼らの邪魔をしてしまった。僕のせいで、怒鳴られてしまった。 「チカ、どうした。何故、そんな顔をする。指が痛むのか。医者を呼ぼうか」  フェス様にも迷惑をかけた。物知らずな奴だと思っただろう。ますます、僕なんかが『番』で申し訳なくなる。  フェス様から離れ、首を横に振る。  手は痛くなかった。痛いのは、たくさん働いていた『鳥』達だろう。僕は、もう痛くない。 「なんだ、拗ねているのか? 1人にして悪かったな。予期せぬ発情期に俺も動揺していたんだ」   フェス様は、微笑み、僕の頬を撫でた。  骨張った大きな手だ。けど、この手は、僕を殴ったりはしない。僕が『番』だからだ。  知らなかった。竜には発情期というものがあるのか。フェス様は、誰と過ごしていたのだろう。  僕が、間違ったことをしてる間、誰といたんだろう。 ふと、俯いていた先に赤い瞳があることに気がついた。フェス様が、床に片膝をついている。僕の手をとり、そこに口づけた。 「次は一緒に過ごしてくれると嬉しい」  じわじわと触れられた場所が暖かくなる。  汚い。僕は汚い。こんな僕が『番』でフェス様は可哀想だ。優しく触れられることを嬉しく思ってしまう自分本位な奴が『番』で本当に可哀想だ。 「ははは。嫌なんだよな。わかってるさ。ははは」  パと、手が離れた。僕はゆるく頭を振り、そしてまた目線を落とした。 「兄さん!」  ナギだ。後ろにはもちろん、『番』であるヴィラ様もいる。ナギは、僕に飛びつくようにして、フェス様との間に割って入ってきた。   「ちょうどよかった。弟の嫁、俺の嫁の通訳を頼む」 「『弟の嫁』じゃなくて、ナギだから! 兄さん、どうしたの?」  フェス様の視線に促され、ナギに向かって口を動かす。  よかれと思って、――いや、頼られるが嬉しくて、『鳥』たちと一緒に働くことが楽しくて、厨房や水場に出入りしてしまった。けど、結局は邪魔をしてしまった。『鳥』たちは悪くないので、怒らないでほしい。  それから、勝手な真似をして、迷惑をかけてしまったことをフェス様に謝ってほしい、もうしないから。  ナギは頷き、フェス様にそのままを伝えてくれた。 「楽しかったって、雑用だぞ? 汚れるし疲れるし手は荒れるし、いいことはない」 「兄さんにとっては楽しかったんだよ。確かに、手は荒れてたけど――って、兄さん、薬作ってたよね? 『鳥』達にだったの?」  顔が熱くなる。あれも僕が勝手にやったことで、『鳥』たちからは、特に「助かった」とか「ありがとう」とかいう言葉はなかった。役立てはしなかったのだろう。もしかしたら、煩わしくさえあったかもしれない。  涙腺がまた緩む。恥ずかしい。情けない。逃げ出したい。 「……兄さんは、自分のことを自分で、上手に守ってあげられないから。自分が痛かったりしたら、他の人も痛いだろうってそっちを優先してしまうんだよ。だから、あんたも気をつけてあげてよね」 「珍しく親切だな。弟の嫁――ナギ」 「あんたは、兄さんの番だからね。兄さんを大切にしてほしいんだよ。僕は認めていないけど、そうなんでしょ」 「ナギ」 「認めてないけど」  「ちょっと、私の嫁と穏やかに話さないでくれる?」、スッと、フェス様とナギ様の間を遮るように、ヴィラ様が立ちふさがった。  「どいてよ」とか「邪魔だ」とか「私の嫁だぞ」とか、ポンポン、声が飛び交う。  いいなあ。  『通訳』が必要な嫁なんて、不便だろうな。つまらないだろうな。申し訳ない。

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