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最終話 回生の麒麟妃

「何を読んでいる?」  ステージ横に出演者控室として用意されている天幕で雑誌を開いていると、赤麗が興味深げに雑誌を覗き込んだ。  今日は年に一度、俺のわがままで始めることになった各国の友好を祝した演奏会の日。そのトリを飾るのは、四神と麒麟によるハードロックバンド「SHIJIN」だ。 「母さんがこの間里帰りした時にくれたんだ。去年の飛び込みライブのことが記事になってたって」  年二回、黒威の厚意で元の世界に戻ることが許された。本来そう易々と別の世界への移動は出来ないものなのだが、俺の故郷ということもあり、各国の巫女が持ち回りで異界への転送を行ってくれている。  ――一夜にして業界が騒然となったロックバンド『SHIJIN』。渋谷のライブハウスに彗星の如く現れ消えたそのライブに迫る。  インディーズバンドを中心に紹介している雑誌に載っていたと母さんは嬉しそうに話した。  俺の誕生日に皆を俺の居た世界に連れて行きたくて、数時間の約束で夜の街を歩いていた。その時、偶然小さなライブハウスを見かけて入った。そこでは二組が欠席したため穴を埋めてくれるバンドを募集していたのだ。楽器も何もかも借りれると言うから、今日の演奏会の練習になるかもしれないと度胸試しも兼ねて飛び込みで一曲歌ったのだ。それがまさか、こんな風にちょっとした騒ぎになるとは思わなかった。 「私のことは何と書いてある? 見せてみよ」 「僕も見たいです、兄様」  赤麗に雑誌を奪われてしまい、さっきまで興味が無さそうだった白月が赤麗にぴったりと身体をくっつけて雑誌を覗き込む。  この一年くらいの間に、白月は露骨に赤麗に好意を示すようになったのだが、肝心の赤麗は他人の好意に鈍感なようで、少し同情してしまうくらい全く気付いていない。 「私は『赤髪の美形ベーシスト』、白月は『薄幸の美少年キーボーディスト』……か。至って凡庸な表現ではあるが、まあ良しとしよう」  とまんざらでもない様子で付けられていた肩書きを読み上げる。因みに俺は「驚異のハイトーンボイスと超絶技巧のヴォーカルギター」。こんな風に手放しで褒められたら悪い気はしない。 「しかし、一日だけの外遊で騒ぎになってしまうのも考えものよ。次からは慎みを持った行動をせねば」  青羅が苦笑しながら、黒の革のジャケットを羽織り、桴を手に取る。今回は全員揃いの革のジャケットを身に着けている。 「慎みを持ったとしても、私たちのような姿では、嫌でも目についてしまうさ。特に私や白月のような類稀なる容姿では――」 「そろそろ時間だ」  赤麗の台詞をタイミングを計ったように遮って、天幕の中に居た俺達を黒威が呼びにやってくる。俺はエレキギターに近い奏法と音が出る楽器――こちらの世界の素材で新しく開発した商品だ――を持って立ち上がった。 「よし! 俺達のデビューライブだ! 気合い入れていくぜッ!」  先陣を切って、俺は天幕の外に飛び出す。階段を駆け上がり舞台の上に立つ。そしてそこから見える景色に思わず笑みが零れた。何十何千という大観衆が熱狂しながら俺を、俺達を出迎えた。  この世界に無かった新しい音楽。受け入れてもらえるだろうか。  観客席を見回すと、あまり元気の無い人達の姿がちらちらと目につく。どうやら俺の歌が万病に効くということで、治療目的で聴きに来ている者もいるらしい。因みに週に一度、中央の国に出向き傷病人の治療を行っているのだが、その時は流石に童謡とか優しい曲を歌うようにしている。  それぞれ楽器を持ち、楽器の前に向かった。緊張よりもようやくこの時がやってきたという想いが強かった。  元々皆楽器を扱える奴らだったから、上達するのは早かったけれど、息を合わせるのにかなり苦労した。これだけ個性の強いメンツが集まったのだから、当然と言えば当然だ。  それでも、一年コツコツと四神が集まる会議の後に練習して、ようやくここまで辿り着いた。  一年前、初めて結成したバンドの初回の練習で、思い通りにいかないことを当たり散らしていたのに、あの日から随分と成長したなあと感慨深くなる。 「皆盛り上がってるかー?」  景気づけに観衆に呼び掛けると、大きな歓声が返ってくる。隣を見ると、俺と同じ楽器を持った黒威が微笑んでいた。  元々の夢とは少し形は変わったけれど、俺は間違いなく今ロックスターへの道を歩み始めている。それぞれの大きな苦難を乗り越えてきた、仲間達と一緒に。 「御託はいらねえ! 俺達『SHIJIN』のオリジナル曲、聴いてくれ! 『ラブ・アンド・ピース』!」  俺は人々が愛し合い睦み合う、穏やかで幸福に満ちた世界でありますようにと、その思いを込めて、世界の果てまで届くように、声を張り上げた。

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