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第3話
哲也は司を家に連れ帰った。
国道から姫野自動車の敷地を突っ切って店の裏手に出ると、トタン屋根の古めかしい建物が現れた。
車庫のシャッター前は出かける時に雪かきをしたはずだったが、すでにこんもりと雪が積もっていた。哲也は一度車を降り、スコップで雪をかいた。ほんの一時間ほどで改めて雪かきをしなければならないほど積もる速度が速いのは雪の粒が大きいからだ。水っぽい雪はそれだけ重い。
ふと気配を感じて振り向くと、司は半分ドアを開けて哲也を見ていた。手伝おうかどうか躊躇しているようだ。革靴の足先が雪でぐちゃぐちゃの路面に着きそうになったのを見て、哲也は慌てて司を止めた。
「革靴で歩いたら危ないですから、車の中で待っててください」
司は少し肩を落として、おとなしく車の中に戻った。
「ここは工場?」
不思議そうに司は天井を見上げた。
「元工場ですよ。昔は家族で住んでたんですが、今は俺一人で住んでます」
ここに両親と太一、哲也の兄弟で暮らしていた。よくこんな狭いところに四人も住めたものだ。一階に台所と風呂、工場と兼用のトイレ、二階には二間しかない。
現在は住宅部分はそのままに、工場部分は車庫と、哲也の趣味の機械いじりのスペースに使っている。
車から降りて住宅部分に入るといきなり台所だ。
「二階に寝床があるんでそこで寝て下さい。腹減ったら冷蔵庫の中のもの勝手に食べて。あ、あと出かけるときは長靴の方がいいですよ。ここ置いておきましたから、よかったら使ってください」
また『僕はここになじむつもりはない』と言い出すのではないかと思ったが、司は素直に「ありがとう」と言った。
「これから、どこかに行くのか?」
司は哲也のダウンジャケット姿に疑問を持ったようだ。
「明日はどうせ忙しいんで会社の休憩室に泊まり込みますよ。鍵はポストに入れておいてください」
「待ってくれ、僕は君を追い出してまでは……」
ちょっと迷ったが、哲也はいつも通り正直に話すことにした。その方が、楽だから。
「俺、ゲイなんです。あんまり隠してる方じゃないんで、後から耳に入ることもあるかもしれないから、先に言っておきます」
「そんなこと、何の関係があるんだ」
司の口調にはあきらかに怒気が含まれていた。哲也はふふっと笑った。
「瀬堂さんはそうじゃないみたいですけど、一緒に泊まって後から聞いて嫌な気持ちになる人もいますし、……人の気持ちは関係なく嫌なこと言う人もいますからね。まあ、いくらなんでもお客さんを社内に泊まらせるわけにはいきませんから。俺の家だったら俺の勝手ですけど。それじゃ、ゆっくりしてってください」
哲也は司の返事を待たず、家を出た。
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