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第9話
哲也は胸の中にぴったりと司を抱き込んで、髪をなで続けていた。
「ごめんよ。途中で変なこと言って。こんなに可愛い人がどうやったらセクハラしたことになるんだろうって……不思議に思ったんだ……」
「セックスに主体性がない、って言いたいんだろ」
胸の中でぼそりと司は言い返した。でもそれが本質だ。
「うん、ちょっと、そういうところ、ある。『やめるのやめて』も言えないのに、セクハラなんてできるわけないよ。司のこと全部、信じるよ。そしたらなんか……司とつきあってた奴、司のこと完全に裏切ったってことだろ。こんなに可愛くてエロ……いや素直な司を裏切るなんて信じられない。……司が、荒れてたの今ならわかるよ。痛いほどわかる」
司は哲也の胸に顔をすり付けてつぶやいた。
「そんなに不憫がらなくていいよ。信じてくれたら、もういい。確かに裏切られて傷ついて……自暴自棄にもなってたけど、色々手は考えてた。支店のパソコンから侵入して、葛城の……その相手の名前葛城って言うんだけどそいつのIDの移動記録とか見張ってたりしてたから」
「じゃあ、あの雪の日遅かったのも」
「ああ。なんかしっぽを出すんじゃないかと思って、調べてたんだが……」
司は哲也の腕を抜け出し、肘枕をついた。
「役員室の入退記録からいって、常務と接触を持っているみたいだ。同じ会社で敵味方もないが、常務は前に言ってた反社長派の急先鋒だ」
哲也はますます腹が立った。
「そ、そんな、裏切った上に売るなんて……許せない!」
「そんな奴なんだよ。出世もしたい、金も欲しい。三十五までに結婚して、四十までに子供は二人。でも僕とも別れたくない。ばれないようにしてくれ、だから、お前も誰かと結婚すればいい。子どもができたら次期社長間違いなし。なんてね」
「なんだよそれ」
「さすがに、断ったけどね。多分、これが裏切りのきっかけなんだ。間抜けなおぼっちゃまを出し抜いて、してやったりと思ってるよ。やれやれ!野心と保身のキメラだな」
司はおどけてみせたが、哲也は納得できなかった。
ゲイであることを絶対に隠しておきたいという気持ちはわからないでもない。
哲也は自分でもストレスに弱い方だと自覚があるから、必要な場面では自分はゲイであると告白してしまうが、それはちょっと相手に対して卑怯なんじゃないかとも思っている。
自分はすっきりするが、相手にモヤモヤした思いを抱かせるかもしれない。モヤモヤのせいで縁が切れてしまうことだってある。また、それを「仕方がない」であっさりと諦めるのは人として薄情すぎる気もしている。
しかし、これは哲也の選択だ。司がゲイであることを暴露して父親との関係を悪化させ、それを社内政治に利用し、あまつさえ司を加害者にして自分を被害者に置いて逃げ切るなど、葛城にそんなことをする権利は絶対ない。
「なんかさー証拠ないの?二人で撮った写真とか、ホテルの領収書とか」
「言ったろ、元々バレを恐れてるやつなんだ。証拠なんか残してない。つきあってた、旅行に行ってホテルに泊まった、なんて言っても「上司の命令だから仕方なく」って言われたら反論できない」
この線は万事休すか。
「車の事故とかだったら、ドライブレコーダーにうつってたりするんだけどなぁ……」
「ドライブレコーダーか……」
司はひょこっと起き出して、窓の外を見た。
「レコーダーの映像は全部上書きされるんだろうか」
「何もなかったら上書きされるけど、事故の衝撃や、防犯用センサーに反応があったときのデータは別の領域に残るから、メモリーがいっぱいにならない限り上書きはされないはず……どうした?」
「確かめたいことがある」
司は服を着込みはじめた。
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