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異世界

共働きの両親はいつも帰りが遅く、幼い頃から遊び相手はいつもテレビゲームだった。 『友達』というテーマの絵を描く宿題にはテレビゲームの絵を描いて提出した事もある。リアルな世界には友達がいないのだから、その絵は正解なのだ。 「花結、これ今月の食費」 母親はいつも月初めに1ヶ月分の食費を食卓に置いて行く。感情の起伏が無い人で家族相手にも淡々と話す人だった。父親は1年の半分は海外出張。帰国していても帰宅する事は少なく感覚としては家族よりも遠い親戚寄り。食卓に手料理が並んだ事はない。それが当たり前だと思っていた。 「ありがとうございます」 「あんたまた身長伸びたのね」 「はぁ…どうやら成長期みたいで」 「食費がかかるようになってきたわ」 「申し訳ないです」 家族間のものとは思えない会話。それでも両親は放任的とは言え生活を維持させ、食費を支給してくれて、ゲームも買い与えてくれているのだから花結としては不満は無かった。友情も愛情もゲームの中には溢れている。だからリアル世界には期待していない。高校に上がってオンラインゲームを覚えてからは、更に現実離れが加速した。 「あいつと話した事ある?」 「無い無い、いつもゲームやってて周りシャットアウトしてるし…」 クラスでも浮いた存在。花結を取り巻く環境は常に孤独だった。学生時代の良い思い出といえば所属していた美術部で模写や風景画を評価された事だけ。他はあまり憶えていない。どうでも良い時間だったからだ。 「花結、あんたいつ出て行くの?」 「部屋が見つかればですかね」 高校卒業後の進路は進学では無く情報処理企業の事務職への就職を決めた花結。早々に進路が決まった為、卒業までは気楽なものだった。パソコンのスキルは幼い頃に既に取得していたし、画像加工や編集の技術もある。強いて言えばコミュニケーション能力が乏しいが、それも自覚している為、リモートワークが主体の人付き合いが極力少ない個人作業の仕事を選んだ。後は出社に利便の良い部屋探しをするだけ。退屈な程の順調。花結はネットで不動産を検索しては内見巡りをしていた。 「何か条件はありますか?」 「隣近所と付き合いをしなくて良い部屋が良いですね」 「な、なるほど…単身者向けの物件はどうでしょう」 「ああ、はい、それで」 不動産屋に出かけるのも億劫だ。早く決めてしまおう。そんな事を考えながら花結は陽が沈みかけて薄暗くなって来た夕暮れの帰路を歩いていた。街路樹に止まった鳥達の合唱に気を取られた隙にトン、とすれ違った男と肩がぶつかる。 「オイ、今ぶつかっただろ」 「え…」 ぶつかった相手の怒声で振り向いた途端、胸ぐらを掴まれた。 「ぶつかって来たくせに謝罪も無しか!」 「ひっ!…は、は、離してください」 極度の緊張が花結を襲う。パニックになって思考が白色に塗り潰され、膝が震える。 「いい度胸だ、分らせてやる」 謝らなくては。そうテキストが浮かぶのに、唇は呼吸するのに必死で言葉を発せない。花結の細い身体は簡単に古いシャッター街の路地裏に連れ込まれた。 「ああぅ…!」 突き飛ばされて倒れた拍子に隣接する建物の室外機に頭を打ち付けた。逃げようにも周りは壁やフェンスに囲まれて行き止まりになっている。灰皿があることから、簡易的な喫煙所のようだ。こんな場所を知っている相手は、おそらく普段からこの場所に獲物を追い込んでは狩りをしているのだろう。 「お前、いい声で泣くな」 「許してください……土下座でも何でも、します」 「今日はパチスロで負けてイラついてたとこなんだよ…運が悪かったな」 「そんな…理不尽な」 「うるせえ!」 花結の腹に馬乗りになって男は大きな手を振り上げる。パン、と乾いた音が鳴って頬に痛みを感じた。それが自分の頬を叩かれた痛みだと理解するのに数秒の時差が生じる。花結は涙で霞む視界が揺れて何度も乾いた音と両頬が痛む感覚を重ねていった。 「うっ、あ…やめてくださいぃ」 「あはは!男のくせに号泣してやんの」 どうやら自分は号泣しているらしい。相手の言葉で状況を理解する。 「ひぐ‥ぅえ」 獲物が大人しくなったのを確認すると男は金目の物を探して花結の服を弄り始めた。殴られる恐怖から一切の抵抗を諦めてただ身を震わせていた花結はフェンスの向こう側の駐車場に人影を見た気がして手を伸ばす。当然届かないが、助けを求めているという意思表示にはなるはずだ。 「チッ、ガキの財布なんてこんなもんか」 期待外れだったらしく、中身の金銭を抜いた財布が放り出される。 「自分は…まだ、就職前で……っ、お金なんて、ないです」 「煙草の足しにもならねえ…くそ!」 パチスロだけでなく煙草にも依存しているのか男は再び苛立ち始めた。徐に胸ポケットから取り出した煙草を咥えて火を点ける。切れかけのライターが何度か空回りして男の苛立ちを増幅させたようだ。漸く有害な紫煙を肺に染み渡らせる事に成功して落ち着いたように見える男。花結は怯えながら声を絞り出す。 「あ、あの…お金は、それで全部です…もう許してください」 「うるせえんだよ!黙ってろ!」 何を思ったのか男は煙草が短くなると突然、花結の着ていたパーカーを捲り上げてまるでそれが灰皿かのように白い肌に煙草を押しつけた。 「!!!」 息が、出来ない程の激痛。花結は口をぱくぱくと開けて目を見開き、悲鳴にもならない細い息を辛うじて吐き出す。 「あははは!」 その反応が気に入ったのか男は笑いながら熱の残る煙草を更に別の箇所に押し付けていく。時には水膨れになる様を楽しむようにじわじわと炙り、その度に激痛に身体を跳ねさせる花結を嘲笑った。 「あ゛ぁあ!!痛い…ぃ、い゛たい!」 火傷は、熱いよりも痛い。耐えがたい苦痛に花結は自我を失いかける寸前まで追い込まれる。 (……こ、殺される!) 本気で命の危機を感じた瞬間、花結は初めて抵抗を試みた。無我夢中で男の側から這い出し、近くの灰皿を投げつける。それは男の腹に当たりはしたが大した足止めにはならなかった。寧ろ怒りを挑発してしまうという最悪の事態を招く。 「このクソガキ!何しやがんだ!」 「通報…通報…通」 震える手でスマホを操作しようとすると、気付いた男がそれを地面に叩きつけて踵で踏み付けた。 「次は玉でも炙ってやろうか!ああ?!」 「ぁ……あ」 座り込んで、割れたスマホを手に取る。大好きなゲームのゲームオーバー画面が脳裏に浮かんだ。 (現実世界では…自分はただの雑魚…こんな屑にすら…1ダメージも与えられない) ゲームの中でなら、どんなに強い相手とでもやり合えるのに。花結は全ての思考を停止して迫ってくる大きな手を虚な眼で見つめていた。 「楽しそうだな」 「あ?」 突然、第三者の男の声が割り込んでくる。しかし花結にとっては、もうどうでも良かった。 「続き、俺に譲ってくれよ…これでどうだ」 差し出された3枚の紙幣に男は「お…」と声を上げる。数回の会話の末、割り込んで来た男との交渉は成立したらしい。場所を交代した男は放心状態の花結の胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせると揺さぶって来た。その揺れで、飛んでいた意識が戻る。 「ひっ……い、嫌…」 また新たな暴行が始まるのかとパニックになる花結の耳元で囁く声がした。 「落ち着け…助けてやる、大人しくしてろ」 「……っ?」 助けてやる。確かにそう聴こえた。否、間違いでもいい、その言葉に縋るように花結は声を抑えた。 「お互いに知らぬ存ぜぬだ、いいな」 金を受け取った男は満足そうに立ち去って行った。暫く様子を見て、戻ってくる気配が無いと分かると後から来た男は花結の手を取って裏路地から出るとフェンスの奥に見えた駐車場を人目を避けるようにして抜け、隣の古いアパートへと駆け込んだ。このアパートの1階が、この男の部屋だったらしい。 「はぁ…何とかなった」 「………あ、あの…あ、あ…自分、もう…お金は取られてしまって…何も無いです」 「俺様をゴロツキと一緒にするんじゃねえよ!…ったく、お前明日まで此処に隠れてろ…もう暗くなる、夜になるとこの霧ノ堀には、あんなのがそこら中に湧くぜ」 「此処は…霧ノ堀と、いうのですか?」 「知らずにぼーっと歩いてたのか?そりゃ、捕まるわな」 呆れた口調で男は部屋の明かりを点けた。花結はこの時、初めて相手の姿をまともに見る。白金色の前髪を上げたショートウルフ。色黒で、ワインレッド目をした同世代くらいの男。2次元から具現化したような美形だった事には驚いた。 「……た、助けてくださり…あ、ありがとうございました…っ…もう、自分は…ダメかと」 「仕方ねえだろ、駐車場から見えちまったんだから…あーあ、お陰で今月の生活費全部飛んだぞ」 ワンルームの狭い部屋。暮らしは楽ではなさそうだ。家具は必要最低限しか無いのに、やたらと高そうな服がクローゼットやその周りに積まれている。 「……あの」 「俺は中津(なかつ)皇生(こうせい)…お前は?」 「じ、甚目寺花結です」 「花結…へぇ、綺麗な名前だな」 そう言って皇生は笑った。その笑顔に花結はやっと張り詰めていた気を緩めた。しかし気と同時に身体の力も緩み、床にへなへなと座り込んでしまう。 「あ……っ、痛」 緊張しきっていた精神が緩和されて錯乱状態で忘れていた痛覚も思い出す。自分の腹がどうなっているのか、見るのも怖い。 「どうした…どこか痛むか?」 どうやら皇生は花結が受けていた暴行の詳細までは見ていなかったようだ。本来なら直ぐにでも病院に行くべき複数の火傷や水膨れ。しかし花結は首を横に振った。 「大丈夫です…明日の朝まで、此処に、いさせてください…外に、出たくない…怖い」 いつもなら独りでいる時が一番落ち着く。だが今だけは知り合ったばかりの人間でもいい、自分に危害を加えない誰かに側にいて欲しいと花結は思った。命は助かりたいのに傷は誰にも知られたく無いという矛盾。受けたトラウマは治療よりも身を隠す事を優先させてしまう程、強烈だったのだ。 「分かった、もてなしてはやれないけど寝床くらいは貸してやれる…明るくなったら、適当に帰れよ」 「はい…」 花結は限られた空間の中で部屋の隅を居場所に選び、膝を抱えた。塞ぎ込むように抱えた膝に顔を埋める花結を見て、さすがに哀れに思った皇生はペットボトルの水と割引シールが貼られた菓子パンを分けてくれた。 「…お前、何でこんな治安悪いとこでフラフラしてたんだよ」 「……そんな事、知りませんでしたし…自分はただ、就職に合わせて…職場の近くで新居を探していただけで…今日も、不動産屋の内見帰りで…駅に向かおうとして」 「なら一駅分、東に寄った方がいい…東方面の大通りはデカいショッピングモールに続いてるから、周辺の店も元気だし交通の利便性も良い…適度に人の目があるから、治安もまあ…此処よりは断然良いだろ…この霧ノ堀も昔は栄えた商店街だったが、今は見ての通り栄えてるのは夜の店が集まる一角だけ…此処らの単身者向けの部屋は夜関係の店が借りてる事が多い…夜間の治安は間違いなく最悪だぜ、毎日パトカーが来る始末だ」 「…そう、ですか」 「って、此処に住んでる俺が言うのも何だかな」 自分を酷評しているようだと苦笑して皇生が小さなテレビを点けるとバラエティ番組がやっていた。テレビの中の笑い声。あはは!というその笑い声に拒否反応を起こして花結は耳を塞いだ。 「……」 「嫌いか?この番組」 花結の反応を観て、皇生はチャンネルを変える。すると、いつも花結が観ているアニメが流れて来た。 「100回目の転生とエンタシスの花嫁…」 アニメのタイトルを口にして顔を上げる花結。 「ん?観るか?」 「……あ」 過度のアニメ好きは時に偏見の対象になる。しかもこのアニメのサブキャラクターは時々BLを匂わせる。口籠る花結だったが返事がない事を肯定と解釈して皇生はアニメをそのままにした。 「人気なのか?これ」 「……アニメ化されているのですから、ある程度の人気はあると思って良いです…自分は、ノベル版から読み始めましたがコミック版もWEBで連載が始まってますし、主人公の声を自分が好きなゲームの推しキャラと同じ声優が当てているので、観ずにはいられないと言うか…」 急に話しだした花結に皇生は目を丸くして驚く。 「…へえ、じゃあ俺も読んどくか」 「ふへ?!」 「仕事柄、流行りのもんとか話題性のある事を知っておくと有利なんだよ」 「有利…?……マスコミ関係、とかですか?」 「ホストだ…まだ駆け出しで収入も安定しないし、こんな薄暗い場所で生きてるけどな…俺は必ずNo.1になる、その為に最初からライバルの多い店に飛び込んだ…今は毎日、歯食いしばって必死にしがみ付いてるだけだが、今に見てろ…霧ノ堀のホストと言えば俺だと言わせてみせる!そしていつか…この街を見渡せるくらい高い場所に住んでやるんだ」 「……はぁ、それは…すごく…意識高めですね」 「フッ、そうなった時にまた会えたら…その時は最高級のディナーを奢ってやるよ」 「……楽しみに、しておきます」 花結はそう言って割引シールの付いた菓子パンを手に取った。 「ん?」 アニメの内容に眉を寄せて不可解を表す皇生。戦闘シーンの中で、男性キャラクターの鎧が砕け、その下の布地まで破れたと思ったらピンクのエフェクトが掛かり、セクシーな効果音が鳴る。それを見た別の男性キャラクターが鼻血を噴き出したのだ。 「ふ……ふふっ」 菓子パンを齧っていた花結が声を抑えて笑う。笑うだけでも火傷が傷んだが、アニメの内容とそれを観て凝視する皇生の表情が面白くて笑いを耐えられなかった。 その夜、花結は掛布代わりのブランケットを借りて部屋の隅で壁の方を向いたまま体を丸めて過ごした。後からあちこち痛み出した身体、更には時折聞こえてくる外からの騒音で、とても眠れる状態ではない。 (明日は…携帯ショップに行って、スマホを替えなくては) 普通なら、まず病院と思う所なのに壊れたスマホの事が優位に立っている。花結にとって、この世界の自分はいつも2番手なのだ。 「眠れないか?」 「…貴方は?」 「俺は夜型だ」 「…お金って、便利ですね」 「…あ?」 「課金すれば、簡単に強くなれますし…推しにも貢げますし…お金さえあれば、好きな物を買えて、こんな目に合う前に見逃してもらえる…自分は今日、自分が好きな世界の中で長く過ごすのに必要なものが何なのか、よく分かりました」 「……」 「どんなに汚い世界でも、身体は3次元で生きていくしかない…貴方とは目指す場所が違いますが、ある意味同志と言えるのかもしれません…」 「何だかな…お前の頭の中は忙しそうだな」 「自分は早く資金を蓄えて、陽の当たらない暗い部屋で1日中好きなゲームだけして過ごしたいです、話し相手は顔の見えないフレンドで充分ですし、バーチャルアイドルの歌い手カバー曲を聴きながら、寝たい時に寝て、好きなだけお菓子を食べる…そんな生活をしたい…貴方とは逆です、自分は寧ろ地下に住みたい」 「地下ねぇ…なぁ花結、お前はモグラじゃねえんだから、ちゃんと目開いて見てみろよ、この世界の中にも価値のある所はいくらでもあるだろ、例えば俺だ!俺を見られるのは、この世界だけだぜ…好きな事してる時が楽しいのは当たり前だ、そうじゃない時をどれだけ楽しめるかに欲を出せ…お前はもっと欲張っていい、世界が2つに見えてるのなら、両方の世界で笑えよ」 「…無理ですよ…現実世界の自分は、見ての通りですから」 「お前、自分の価値が分かってねぇんだな…お前は、この俺に金を出させた、誇っても良いくらいだ」 「…う?」 「俺が男を助ける為に金出して、部屋に連れ込むなんて最初で最後だろうよ」 「……あの、言っている意味が分かりかねますが」 「いいか、此処に住んでれば喧嘩や揺すりなんて見慣れてくる…俺はホストだ、巻き込まれて顔でも殴られたら仕事にならねぇ、つまり!いつもは我関せずだ…その俺に助けてやりたいと思わせた…お前には、俺に助けられたっていう最高の価値が付いたんだよ」 その言葉に、花結は壁に向けていた身体を反転させて皇生の方へ向いた。 「そう言えば、なぜ…助けてくれたんですか?髪が、長いから、女性と間違えたとか」 「違う」 「では…なぜ」 「俺が聞きたい…あ、お前…魔法でも使ったんじゃねえか?」 「魔法…?ふ、ふふっ…あははッ…随分と非現実的な事を言うのですね」 「おー、こっちでも笑えるじゃねえか…それでいい」 「……変な人に救われました」 そう言って瞼を閉じる花結。生の人前で声を殺さずに笑ったのは、前回が思い出せないほど久しぶりだった。 翌日の昼前には、皇生の部屋を後にした花結。別れの言葉はとても簡単で「ありがとうございました」「気をつけてな」だけだった。連絡先を交換する事もなく、次に会う約束も無い、まるで異世界から現実に帰るような不思議な気分で霧ノ堀を出た。 数日後、霧ノ堀から東に一駅分ほど離れた単身者向けのマンションの内見に出向く事になった花結は不動産屋から思わぬ質問を受ける。 「1階と3階に空室があるんですが、希望はありますか?」 「えっ」 「無ければとりあえず、両方見てみましょうか」 不動産屋の送迎車でマンションに向かう途中、窓から見えた駅前の高層マンション。この辺りでは1番高い建物だ。 「…あのマンションからなら、この街くらい見渡せそうですね」 ぼそっと呟いた言葉。不動産屋がチラッと車窓から高層マンションを確認する。 「そうですね、夜景も綺麗でしょうね」 「……」 到着したマンションは駅前の高層マンションとは比べ物にならない低さ。それでも、花結は上を見上げた。まだ高い位置にいる太陽の日差しが眩しくて目を細める。 「HeimWald…ここです」 「…あ、あの…3階を、見ても良いですか?」 「分かりました、行きましょう」 ほんの一夜の異世界は、下を目指していた花結の気持ちに少しだけ変化を齎していた。 その小さな変化は、まるで植え付けられた種のように花を開かせてゆく事になる。 数年後。 『花結、あんた生きてる?』 年に数回だけかかってくる母親からの生存確認の電話。 「はい、生きてます」 『あ、そ…』 「すみません、今日はこれから交流会ですので」 『交流会?ネットの?』 「マンションのです、新しく入居された方の歓迎会があります」 『え…?あんた、近所付き合いなんて出来てるの?』 「はぁ…まあ、自分でも予想外ですが」 『…ふーん、そう』 「あ、迎えが来ましたので…これで」 『迎え?』 「隣の方が」 『花結、あんた…変わったね』 「そうですか?」 『すぐ逃げ帰ってくると思ってたから……助かったわ』 「そうですか…では失敬」 通話を切るとスマホをパーカーのポケットに突っ込んでのそのそと玄関のドアを開けると、満面の笑みの律紀が待っていた。 「花結ちゃん、そろそろ行きましょー!あら!だめよ、今日は冷えるからコート着て行きましょ、あとマフラーと手袋!カイロは私の貸してあげるわね、温めておいたわよ」 「…ふぅ」 実母より世話焼きの隣人に花結は溜息を吐いて、面倒そうにコートに手を伸ばした。巻いたマフラーで隠れた口元が、密かに微笑む。 (今日も、こちらの世界でのレベルが上がった気がします) end.

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