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きゅん日和

1時間かけてメイクを済ませ、外出の準備をする律紀。服装はいつも綺麗めのユニセックスを選ぶ。 「んふ!今日はショッピング日和ね…お天気は晴れ時々ときめき、なんちゃって♡」 る~らら~♪と謎の歌を口ずさんで軽やかな足取りで部屋を出る。 「あ、律紀さん!こんにちは」 自転車に跨り、仕事に向かおうとしていた笑武が階段から降りて来た律紀に気づいて振り返った。 「あら笑武ちゃん、これからお仕事?」 「はい、今日は近場なので頑張って自転車で直行直帰しようと思ってて」 律紀の視線はサドルに乗った笑武の臀部に集中している。 (あん…張りのあるお尻!可愛い!) 「り…律紀さん?」 「はっ!ごめんなさい、気をつけてね」 「はい!行ってきます!」 「行ってらっしゃーい」 手を振って見送りながらも視線はずっと臀部だ。 (ああ、いいものを見れたわ) 「退け…邪魔だ」 「きゃー!」 いきなり今度は自分の臀部を膝蹴りされて悲鳴をあげる律紀。笑武を見送っていて気付かなかったが一階の通路出口を少し塞いでいた為、葵が通れなかったらしい。正確には少し避ければ通れる幅だが邪魔だったから蹴った、だ。 「耳障りな声を出すな、不快だ」 いつもの黒マスク姿の葵に目元だけで睨まれて退く律紀。 「私のお尻に葵ちゃんの膝が割り込んだわ」 「気色悪い言い方をするな!」 腹を立てて出かけていく葵。律紀は臀部を押さえたままポジティブに考える。 (でも葵ちゃんの声を聞けたのはレアよね、今日はついてるかも) 「あれ…律紀ちゃん?」 「そ…その声は!マ・イ・ハ・ニー!」 言いながら声のした方を振り向き背景を輝かせながら両手を広げて駆け寄る律紀。普通なら避けるか逃げるかする所だが、善は慣れた様子で抱き止める。 「ただいま…ご機嫌だね、これからお出かけ?」 「お帰りなさい!んー…出かけるけど、もう少しこのままギュッとして」 「いいよ、律紀ちゃんだから特別ね」 「はぁん♡」 うっとりと善に抱きつき至福の表情の律紀だったが、ただならぬ気配に其方を見る。そこには竹箒を竹刀のように持って仁王立ちしているアストがいた。 「あなた達、こんな人目につく場所で何をしているんですか?!」 「アスちゃん、ただいま」 「何がただいまです!不純です!人様に見られる前に離れなさい!」 今にも竹箒で叩かれそうな空気に離れる2人。 「やぁん、ただの挨拶よーぅ…アストちゃんもハグしてちょうだいっ」 アストにも抱き着こうとしたが竹箒で威嚇されて失敗に終わる。 「ハウス!」 アストの命令には逆らわない善。「またね」と手を振って部屋に帰って行く。 「はぁ…♡」 「はぁ…じゃありませんよ!律紀さんはヴァルトでは年長者なんですから、ああいった行為は謹んでください」 「そんなぁ…年長者だってキュンしたいもの、人目につかない所ならイイ?」 「キュンとは何です?人目につかなくても公共の場ではやめて下さい!」 「はぁい」 叱られてしまったので大人しくショッピングへと出かける律紀。愛車を走らせてショッピングモールBiz Festに向かう。 「律紀さん、いらっしゃいませ」 知多書房。ここで働く朔未は律紀に気付いて寄ってきた。 「サクミンちゃん!相変わらずエプロン姿が似合うわね、お婿さんにしちゃいたーい♡」 「そうですか?ありがとうございます、お腹の辺りとか擦れて色落ちしてますけど」 後半部分はサラッとスルーする朔未。 「今日はファッション雑誌でも買おうと思って来たのよ」 「ファッション雑誌なら、通路の方です…律紀さんはオシャレですよね、やっぱりこういう雑誌を参考にしたりするんですか?俺はファッションには疎くて」 「うふふ、私も流行より自分の好み優先よ!お目当てはイケメンのグラビア付きインタビューなの」 「あ…なるほど」 ファッション雑誌を抱きしめて嬉しそうに微笑む律紀。朔未はとりあえず合わせて微笑んだ。 その後も律紀はマイペースに買い物や軽食を楽しみ、モール内を歩き回ると沙希の職場であるRe:Dragonの前に辿り着く。 (沙希ちゃんの居るお店ね、ここの店長さん私好みなのよねぇ) 店頭のマネキンの影から店長の龍樹を観察してデレデレしていると視線を察知した沙希が悪寒を感じて振り向いた。 「うわ!ビックリした!律紀じゃん!何してんの」 「あらぁ、見つかっちゃったわ」 「いや怪し過ぎなんだけど…」 「怪しいだなんて酷い!私はただ店長さんカッコイイわぁ♡って観てただけよ」 「それ冷やかしだし」 「お?どうしたどうした!」 何やら言い合いをしている2人に気づいて様子を見に来た龍樹。近づくとその高身長が際立つ。 「やだ、すっごくおっきぃ~♡」 「なんかヤな言い方なんだよなぁ」 龍樹に近づこうとする律紀をバスケットボールのディフェンスのようにガードする沙希。 「ははは!何だか楽しそうだなぁ、商品は倒すんじゃないぞー」 「店長を守ってんの!」 「そうなのか、頑張れよ!沙希!」 適当な声援が飛んでくる。 「沙希ちゃんの意地悪っ、ちょっとくらいお話させてくれても良いじゃない」 「だーめ!仕事中!」 追い返そうと律紀の背中をグイグイ押す沙希。 「あら…?」 通路まで追い出された律紀は新たなターゲットを見つけて再び両手を広げて駆け寄った。 「ん?」 「玲司ちゃーん」 「よお、律…買い物か?」 言いながら律紀の突進を避ける玲司。抱き着こうとした腕はスカッと空気を抱いた。 「ちょっと何で避けるのよっ」 「避けるだろ普通…休憩入ったから龍や沙希の様子見に来たんだけどよ」 「ウエルカムマブダチィー」 背後から抱き着こうとして来た龍樹の事も同じように避ける玲司。 「あーもう!律紀も店長も、ふざけてないで買い物や仕事しろよっ」 「「はーい」」 沙希に叱られて店を追い出された律紀はしょぼくれながら歩いていると、ゲームセンターの前に行き着く。 「オレの彼女がそのぬいぐるみ欲しいらしくてさぁ、100円やるから売ってよ」 「っひ…す、すみません…じ、自分も欲しくて…苦労しましたし」 好きなゲームのマスコットキャラクターの白うさぎ。そのぬいぐるみを抱えて怯えている花結を見つけると穏やかだった律紀の表情が一変する。 「お前は男だろ!ぬいぐるみは女のもんなんだよ!」 「や、やめてください…破れてしまいます‥っ」 うさぎの耳を掴んで取り上げようとする男。 「ちょーーっとアンタぁ!うちの花結ちゃんに何してくれてんのよォ!」 「「う゛わーー!」」 怒り肩でズンズンと近づいて来る律紀の迫力に男と、花結までもが悲鳴をあげる。 「男がぬいぐるみ持ってちゃダメなんて誰が決めたんだ?ああ゛?!」 「す、すみませんでした!」 顔を至近距離に寄せて睨みつけると、男は謝りながら彼女と共に逃げていった。 「ぁん、花結ちゃん大丈夫?怖かったわね…あら?」 ころっと態度を変えて、いつもの笑顔で花結に振り向く律紀。しかし花結は半分気絶状態で魂が抜けかけていた。 「…うう」 「まあ、気を失いかけるくらい怖かったのね!もう大丈夫よ」 自分の気迫が花結を半気絶に追いやった事には気付いていない。うさぎのぬいぐるみごと花結を抱きしめて慰めているつもりの律紀。 「あ、あ…ありがとう…ございます…リッキー氏」 「いいのよ、車で来てるからヴァルトまで送るわ!一緒に帰りましょうね」 「…は、はい」 「うさぎのぬいぐるみと花結ちゃん…キュンだわ、可愛くて食べちゃいたーい♡」 「ひぃ!!」 うさぎのぬいぐるみを強く抱きしめながら、律紀と少し距離を置いて歩く花結。感謝はしていても、身の危険は拭い切れないらしい。 「ん~!お買い物もたくさんしたし、イケメン見学ツアーもしたし、満足だわ!しかも花結ちゃんまでお持ち帰り出来ちゃった…し・あ・わ・せ♡」 「……不穏です」 こうして律紀のときめく1日が終わったのだった。

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