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1年B組10番 鈴本薫
アイツが憎い。心から。
リクがアイツの何を気に入ったのかは分からない。地味で冴えない奴だと思ってたし、実際リクと付き合い始めたってことを聞くまでは、名前を聞いてもはっきり顔を思い浮かべられないくらいだった。
同じ学年のクラスメイトとリクが交際を始めたという噂を聞いた時の僕の衝撃は言葉では言い表せない。音がなくなって、次に手足の感覚、最後に視界。いま何時でここがどこなのか、今まで何をしていて、これから何をするところだったのか、何も分からなくなった。
本田リクが誰かのものになってしまった。
その絶望的な事実が、恋で温まっていた僕の頭の温度を絶対零度に叩き落とした。
意識を回復した時、その話を聞く前と全く同じ姿勢で僕は椅子に腰かけていた。倒れていなかったことを不思議に思う。僕は慎重に詳しい情報を、いや敵の情報を聞き出した。
敵の名前は村田守。成績芳しくない。運動神経悪い。顔、普通。恋人、本田リク。世界一のラッキーボーイ。強運の悪魔。災厄の凶星。聖者を誑かす淫魔。
何とかしてアイツの手からリクを取り返さなくては…。
入学以来、僕はリクを追いかけ続けている。一目見て僕は恋に落ちた。確かに彼は成績も優秀だし運動神経も抜群に良い。容姿端麗で人付き合いも上手い。いつでもクラスの中心にいて、非の打ちどころのない完璧な存在だが、僕は決してその優れた彼のステータスに惹かれたわけじゃない。理由なんて説明できないくらい、電気が走るみたいに、僕は彼を好きになったんだ。彼から頭脳や運動神経、その流麗な容姿が失われたとしても、僕は依然として彼を想い続けるだろう。その自信がある。むしろそうなって僕のところまで堕ちて来て欲しいとさえ思う。
彼と初めて出会った場所は、入学オリエンテーションの会場だった。すごく緊張していたのを覚えてる。この学校に入学するために、それこそ朝から晩まで勉強漬けの日々だった。友だちと呼べるような人間関係を築くことも出来ず、僕は過酷な受験勉強の中で孤立していった。テレビも見ない、ゲームもしない、漫画も読まない僕は、同級生との共通の話題を完全に失っていた。受験に熱心な地域でもなかったので、彼らも僕から距離をとっていた。いじめられていたわけではないけど、お互いに接点を見つけられなかったんだと思う。だから無事入学できた時は本当に嬉しかったし、これからは勉強も頑張るけど友達も作ってみたいなって、そう思ったんだ。この学校の皆とは、受験勉強を頑張ってきた者同士仲良くなれると思ったんだよ。
オリエンテーション会場には既にほとんどの入学生が集まっていて、席はほぼ埋まっていた。僕は空席を見つけることができずに焦っていた。入学早々、変な目立ち方をしたくなかったんだ。みんなの視線を針のように感じながら、オロオロと四方を探し回ったけど、どの席も埋まってて、座ることができなかった。恥ずかしさと緊張で泣き出してしまいそうだったよ。でもその時彼が、本田リクが声をかけてくれたんだ。
「こっち。あいてる」
結構大きい声だったと思う。手を挙げて、僕を誘導するように手招いていた。それが僕が初めて見たリクの姿だ。光り輝いて見えたよ。比喩じゃなくて本当に輝いて見えたんだ。会場内でリクだけに特別な色がついているみたいに。目がおかしくなったのかと思ったぐらいなんだから。それくらい本田リクは僕の目に特別に映った。
「オレ、B組の本田。本田リク。お前は?」
「ぼ、僕は鈴本。鈴本薫。僕もB組だよ」
「お。一緒じゃん。よろしくな。」
それだけ言うと、リクは体勢を元に戻し、会場前方の舞台に視線を向けた。しばらくしてすぐに会場は暗くなり、プロジェクターを使用したオリエンテーションが始まった。皆が前を向く中、僕だけが隣に座るリクを見てた。プロジェクターの反射で浮かび上がる凛としたリクの横顔から目が離せなかった。こんな子が僕の友達になってくれたらどんなに素敵だろう。登下校を共にして、屋上で一緒にお弁当を食べたり、休みの日には自転車で遠出して、海辺を散策したり、入り江に二人だけの秘密基地を作ったり、その秘密基地で僕らは初めての…。僕の妄想力は天井を知らなかった。リクによって僕の無限の想像力が解放されてしまったのだ。
その日以来僕はずっとリクを見続けている。教室で彼を眺めながら過ごすうちに、すぐにこの気持ちが友情じゃない、て気が付いた。そんなものは軽く超えている。
「また村田ウォッチングか。いい加減気付かれるぞ」
「うるさい。戦争の基本は情報収集だ」
僕は佐々木の方を振り向きもせず、フェンス越しに敵の監視を続ける。校舎を出た村田守の隣には当然のようにリクがいる。双眼鏡を持つ手が震える。寒さではなく怒りで。
「にしても寒いな。早く帰ってお前の部屋で温まろうぜ。俺お汁粉喰いてえ」
屋上には他に生徒の姿はない。僕ら二人しか屋上には出ていないのだろう。その証拠に真っ白な雪の上に残っているのは僕と佐々木、二人の足跡だけだ。屋上で二人きりになるのはリクとのはずだったのに。どうして佐々木と二人っきりにならなきゃならないのだ。
佐々木はクラスは違うが、寮の部屋が隣なのでよく僕の部屋に遊びに来る。だから僕が熱狂的に本田リクを愛していることも、だからこそ村田守を心から憎んでいることも知っている。
「本田リクがそんなに良いかねえ。」
佐々木の言葉を無視して僕は監視を続ける。二人がいちゃいちゃとグラウンドにある雪像を眺め回っている間、僕は怒りではらわたが煮えくり返っていた。佐々木の声もよく聞こえない。
「遠くのバラより近くのたんぽぽ、ていう言葉もあるんだけどなあ」
佐々木が何か言ってるが、こっちはそれどころじゃない。二人がかまくらに入っていくのを僕は見逃さなかった。
「緊急事態だ!下に降りる!」
慌てて双眼鏡を鞄にしまい扉をはね開ける。
「オレはお前の方が可愛いと思うけど」
すでに階段を駆け下り始めていた僕の耳には佐々木の声は届かなかった。
「なんか言ったか」
「なんでもねえよーっと」
雪の降らないこの街に珍しく雪が降った。いつもとは違う非日常に二人の気持ちは普段よりも高揚しているに違いない。雪に演出されたロマンチックは、かまくらの中で最高潮に達し、とうとう二人は…!!
絶対に認めない。なんとしても阻止しなくてはならない。あんな破廉恥な建造物は一刻も早く破壊しなくては。
僕がかまくらの前に到着した時、二人は他の生徒たちをすり抜けるようにかまくらから出ていくところだった。二人の間に何事もなかったことを祈りたい。今まで二人のデートを尾行し監視してきたが、キスはおろか手を握ったこともない。今までもないなら、これからもないはずだ。自分に言い聞かせるように仲良く下校する二人の背中を見送った。
いいなあ。僕もリクの隣を歩きたいなあ。リクが僕と一緒に帰ってくれるんだったら、僕はなんだってするのに。こんなに朝から晩まで毎分、毎秒想い続けているのに、どうしてリクは僕の事を見てくれさえもしないんだろう。
「あいよ」
トボトボと一人、雪道を寮に向かって歩いていると、後ろから走ってきた佐々木が缶のお汁粉を渡してきた。
「ありがとう」
缶は温かく、冷え切った手をじんわりと温めてくれる。
「明日も監視すんの?」
「うん。明日は休みだから、たぶん二人は街に出かけると思う」
「オレも行くよ」
「なんで」
「どうせ辛くなるんだから、2人でいる方が寂しくないだろ」
僕は、たしかに、と思いながらお汁粉のプルタブをひいた。
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