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第4話

「……お前、忘年会欠席するくらい忙しいんじゃねぇの?」 色々と聞きたいことはあったが、俺はぐっと堪える。今、感情を解き放ってしまったら全てがその瞬間に終わってしまいそうな予感がしたからだ。 『今、出張先なんだけど少しトラブって。だけど大丈夫。皆には悪いことをしたが、椿冴と二人きりで過ごせる大晦日までには何とかそっちへ帰れそうだから。……それこそ椿冴に逢えなかったら、次の一年頑張れなくなりそうだし』 受話器越しの風雅の声は、これから結婚が決まった相手とは思えない程、俺のことを大切に想ってくれている様な口調に聞こえた。 「――そ、うか」 あれ程痛んでいた俺の胃は、風雅の言葉に驚く程元気を取り戻す。 現金だな。 自嘲しつつも、尚も結婚相手の存在を俺へと話さない風雅へのジレンマに陥っていた。 『ってことは、今年も大晦日は大丈夫ってことでイイんだな?』 安堵した風雅の様子が受話器越しに伝わってくる。 どうして? なぁ、お前こそ大晦日……俺なんかと一緒に過ごして大丈夫なのかよ? それとも独身最後の想い出に、男同士でバカ騒ぎするつもりか? 風雅、お前の気持ちが良く分からない――。 でも、でも……俺を最後に選んでくれたのであれば……。 それは、嬉しい。 今すぐその言葉を口にしたかった俺は、再度込み上げてくる衝動を堪える。 そのせいで風雅からの問い掛けに少しの間が空いてしまう。 『椿冴?』 怪訝そうに俺の名を呼ぶ風雅。賢いアイツは気が付いただろうか。密かな俺の葛藤を。 「ん……大丈夫だよ。俺だって、大晦日は風雅に逢わねぇと一年がしまった気がしないからさ」 語尾が少し上擦る。感情が少し出てしまったことを電話の向こう側にいる風雅は気が付いてしまっただろうか。 ドキドキと激しく脈打つ俺の鼓動が受話器越しに風雅へと聞こえてしまうのではないか。困惑した俺は、無意識に片眉を寄せ目を伏せる。 『そっか、俺だけじゃ無かったんだな。そう想ってたの』 クスリと受話器の向こう側で微笑む風雅を口調から容易に想像できてしまった俺は、不覚にも胸をドキリと高鳴らせてしまう。 想いを自覚した気持ちの成長は早い。 「は?何言ってんだよ。おばさんが作る年越し蕎麦を食べなきゃ、しまんねぇっていう意味だっつーの」 電話越しだというのに、緩む頬を必死で風雅へと隠そうとわざと悪態を付く俺。 すると背後で誰かが風雅を呼ぶ声がする。 若い女性の声だろうか。 ――なぁ、本当に出張先でトラブって帰れないだけなのか? 一抹の不安が過ぎる。 だが考えたらキリが無い。 全ては、就職と共に風雅と別の道を歩み始めたあの日の自分を恨んでしまう。 『――じゃあ、また大晦日に』 名残惜しそうに告げる風雅に、俺は精一杯明るく振る舞う。 「……あぁ、また。大晦日に」 だが通話画面の赤い受話器マークを押した俺の眼からは、知らぬ間に大きな雫が一滴溢れ落ちていたのだった。

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