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第5話

大晦日当日、正月休みである俺はのんびりとお昼頃に自室のベッドから抜け出した。 スマートフォンを覗くと、風雅からの連絡は何も無い。 本当に今夜、風雅と一緒に過ごせるのだろうか。四日前、電話越しで交わした約束に俺は大きな不安を感じていた。 ベランダに繋がる自室の大きなガラス戸のカーテンを勢い良く開けた俺は、既に氷点下近い外へスエットのまま迷いなく出る。 俺たちの部屋は隣り同士だ。ベランダから覗けば、不在かそうでないかくらいはすぐに分かる。 ベランダの囲いへ背を持たれた俺は、偶然視界に入った風を装いながら風雅の部屋を見つめる。誰かに目撃されている訳でもないのだが。 ここ何年も、多忙過ぎる風雅の部屋のカーテンが開いているところを俺は見たことが無い。当然、連絡が無い今この瞬間もカーテンが開いているはずは無く……。 自然と洩れる大きな溜息。 あぁ。 カーテンが開かない理由を“仕事”が忙しいだけでなく、もっと深く考えるべきだったな。 後悔しか先立たない俺は、そんな後ろ向きな考えしか浮かばない自分にも辟易していた。 すると、自室のドアがノックされる。 「椿冴、今夜はどうするの?風雅君のとこにお邪魔するの?」 還暦間近の俺の母の声だった。俺の苦悩なんて知る由もない母は、俺の傷口に塩を塗り込む様な言葉を続けた。 「だいたい、風雅君は椿冴と違って良いとこの会社勤めでしょ?アンタと違って良い男だし、それに見合うステキなお嬢さんとお付き合いくらいしてるだろうから、そろそろ大晦日に会うのを遠慮したらどう?」 「なっ……!」 その言葉に全身の血が一気に沸騰した俺は、ガラス戸を閉めること無く自室のドアの前までツカツカと大股で歩く。 言い返そうと、俺はドアノブを掴み勢い良くドアを開ける。 予想に反してそこには、心配そうな表情を浮かべた母が立っていた。 「――要領悪いアンタのことを小さい頃からずっと面倒見てくれてた幼馴染みの風雅君には、本当に感謝している。だけど、私の息子である椿冴にも風雅君以上に幸せになって欲しいの。もう椿冴もアラサーよ。分かる?風雅君、結婚……するんでしょ?」 「何で……その、こと……を?」 母が子の幸せを願う想いを改めて痛感したのと同時に、つい四日前まで知らなかった風雅の結婚の話を、母までが知っていた事実に俺の全身を激しい電流が流れた様な衝撃が走る。 皆、風雅が結婚することを知っている。 結局、 ()だけが知らなかったなんて――。 「そりゃ、見城さん家はお隣りさんだし。それなりにお付き合いもあるからね」 母のその言葉に罪は無かったが、俺を奈落の底へ突き落とすには十分の言葉だった。 必ず大晦日を共に過ごす幼馴染みの風雅。 自慢の幼馴染。 ずっとそう思っていたのは、本当に俺だけだったのかもしれない。 やり切れない想いを抱えたままの俺は、昼間だというのに開けたばかりのカーテンを乱暴に閉める。 風雅が俺だけに結婚の事実を告げなかったことが俺たちの関係の答えなのだろう。 そう理解した俺は、この想いを断ち切る様にそっと自身のスマートフォンの電源を切ったのだった――

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