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第4話 画策
テオドールは、ガルシアを宥めて寝かしつけると、執務室に戻った。
コーエンがコーヒーを入れ、ゆったりと味わう主の口元が綻んでいるのを安堵した様子で眺めた。
「ルシアンさまは、落ち着かれましたか?」
「大丈夫だ」
テオドールは、背凭れに深く身を沈めて組んだ両手を口許に当てた。
「チップは既に機能し始めている。私の命令に対しては従順に従うようにプログラミングしたチップを幼少期から埋め込んであるのだ。あとは、身につけてしまった理性や知性との攻めぎあいに耐えられるかどうかだが......」
くくっ......と喉が小さく笑った。
「スイッチが入ってしまえば、欲望に打ち克つことはできまい。...痛覚や羞恥も快感に変換されていくのだからな」
「お心が壊れたりはしませんか?」
何気に心配そうなコーエンを上目遣いで窘めるように琥珀色の瞳が睨んだ。
「そのために充分な時間をかけて準備を重ねているんだ。ルシアンは十八才になったら私の子を宿し、アルガナルの王妃として国民の前に姿を示す。サルディアの叛乱者どもとて、私に寄り添うルシアンに、刃を向けるわけにはいくまい」
二杯目のコーヒーを要求しながら、テオドールはふっ......と息をついた。
「それより、あれらはどうした?」
「......ルシアンさまの兄君達にございますか?」
「そうだ。バイオチップの検体としては、少々年齢がいってはいたが、経過はどうだ?」
ガルシアには、ふたり兄がいた。長兄のアレックスと次兄のフィデルは、共にアルガナルの捕虜となっていた。
「アレックスさまは、先頃、買い手が着いたと娼館から報せが入りました。異国の商人の斡旋で某国のスルタンに買われたそうです」
「金髪碧眼の男妾か......まぁ、妥当なところだな。次男坊はどうした?」
「こちらも......その.....収容所でなかなか人気のようで、取り合いの喧嘩も起きて、所長が困っているようです」
「ブラーハの娼館に移せ。男相手も身についただろう。男娼として働かせろ。五年は見受けさせるな。ルシアンの花嫁姿を見せたいからな」
テオドールは唇を歪め、冷ややかに微笑んだ。
「サルディアの王子は美形揃いであったゆえ、命拾いしたな。ローアンの王子達は、容姿に秀でた者がいなかったゆえ、皆、鉱山に送ったが......バルトはどうかね?」
「バルトの姫君はそれなりですので、皇帝の後宮に下働きに......。ローアンの姫は娼婦に売りました。バルトの王子は、逃亡中にならず者に襲われて行方不明とか......」
「結構......」
テオドールの双眸が冷たく光った。
「全て、父の名において行われたことだ。好色で無慈悲なアルガナル皇帝の所業に皆憤りを感じていることだろう」
「はい......。王太子テオドール様は慈悲深く、亡国の姫君を懐にて大切にお育てになり、サルディア国内の民も喜んで忠誠を誓っているとか.......。いずれ暴動でも起きれば、皇帝は重臣達に退位を迫られることになりましょうな。」
「多分な......暗愚というのは、罪深いことだ」
「左様で......」
コーエンは主の冷ややかな笑みに静かに頷いた。長子でありながら、側室の子を溺愛する皇帝に疎まれ、戦に追いやられてきたテオドールの傅役であり唯一無二の味方であり続けた。
テオドールが不遇に苦しみ続けた数年前、皇帝は溺愛の側室と王子を急な病で失った。抜け殻となった皇帝は、記憶も曖昧になり、もはやテオドールの言いなりだった。
秘かに医師を味方につけていたコーエンには造作も無いことだった。......テオドールにすら知る由もない、コーエンの画策によってテオドールは皇帝に押し上げられようとしていた。
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